結界師二次創作「兄さんと僕。その7」

□華燭
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 「兄さん好きだよ愛してる!だから結婚しよう!」
 

 居間の扉をばんと開き、いつものようにソファでくつろぐ兄さんに求愛する。

 「寒い。扉を閉めろ」

 ちらりと扉の奥の廊下へと視線をすべらせ、寒そうに華奢な肩を震わせる。

 「あ、ごめんね?」

 扉を閉めて振り返ると、すでに兄さんの視線は手元の本の上。

 「あのね兄さん、今日は1月31日なんだよ?だから今日の告白は、いつもと違って特別なんだよ?」

 いそいそと兄さんの隣に腰を下ろす。

 「1月31日が何の日か兄さん知ってる?」

 そう問うと、ちっというかすかな舌打ちが漏れてくる。

 だけど気にしない。
 

 兄さんはきっと照れているだけに違いないのだ。

 毎日繰り返される俺の愛の囁きは、きっと兄さんの小さな胸にも届いているのに違いないのだから。

 兄さんが読んでいる本を押しのけるようにして、するりとその膝へと滑り込む。

 温かな膝を枕にしながらごろごろと喉を鳴らす。

 「…邪魔だ」

 ちっちっという小気味いい舌打ちの音が頭上に響く。

 「1月31日ってね、愛妻家の日なんだよ。素敵な語呂合わせだよね」

 「聞いてねぇよそんな話」

 「…だから兄さん、そろそろ俺と結婚しよう…?」

 「人の話を聞けよ」

 ぺしんと額をはたかれる。

 「聞いてるよ。兄さんの声って気持ちいい。…毎日聞いていたいな。だから結婚しよう?」

 
 「…毎日聞いてるだろうが。同じ家にいるんだから」

 不機嫌そうな声を出しながらも兄さんは俺を押し退けたりはしない。

 兄さんの膝は昔から俺専用なのだから、兄さんだってもう慣れている。

 小さくて形のいいお尻を両手でくるんでさわさわと撫でる。

 「…一緒に住んでるだけだと物足りなくなっちゃった…。だから結婚しよう?」

 ほわほわと気持ちがいい。

 兄さんの膝。兄さんのお尻。

 温かな何かがじんわりと胸の中に広がっていく。

 「ねぇ兄さん…。俺と結婚しようよ…」

 「なんで俺がお前と結婚なんかするんだよ。一人でしてろ」

 「…結婚は一人じゃ出来ないし」

 ぷくぅっと頬を膨らませる。

 「いいじゃないか。一人で三三九度でもしてろ」

 「だったら兄さん、隣で白無垢着てくれる?一緒に三三九度しようよ」

 「冗談じゃねぇ。着たかったらお前が着ろ」

 「それでもいいよ。兄さんが結婚してくれるなら、俺が白無垢着るから」

 「…お前は当主だろうが。なんで白無垢を着るんだよ」

 「じゃあ代わりに兄さん着てくれる?」

 「着ねぇって言ってるだろ。大体なんで白無垢なんだ」

 「ドレスでもいいよ?兄さんと結婚出来るんなら、俺がドレスを着るからさ」

 「だからなんで女装なんだ馬鹿」

 「兄さんと結婚できるんなら、俺はなんだってするんだよ」

 「どうでもいいことにこだわるな」

 ぺしんと頭を叩かれる。

 「同じ家にいるんだから問題ないだろ」

 「あるよ。…結婚したら兄さんと夫婦になれるんだから」

 「馬鹿だろお前。そもそも男同士だし俺たちは兄弟だろ」

 「…そんなのたいしたことじゃない。俺は兄さんと夫婦になれれば、それだけでいいんだよ」

 「馬鹿」

 むにっと頬を摘ままれる。

 「だけど兄さん、幸せな家庭って憧れない?」

 「…そんなもの見たこともないから、憧れもないな」

 「そういえばそうか。俺は学校で同級生とか見てたけど。…夜行も裏会も、…あぁ…墨村家も違うなぁ…」

 うぅんとうなる。

 あんな家庭を築こうよと兄さんに示せる先がない。

 「…例えばそうだなぁ…。仲のいい夫婦がいて…可愛い子どもがいたりする感じ…?」

 よく考えたら俺だってそんな家庭の経験はない。

 いつも一緒にいた同級生たちは外で遊ぶことばかりを楽しんでいて、家や家族のことは二の次だったような気がする。

 親がうるさいとか、成績が下がって叱られたとか、小遣いが少ないとかそんな話ばかり。

 ドラマや映画で見るような幸せな家庭。

 多分俺が知っているのは、そういうところでしか見たことがない幻想の家庭だ。



 …兄さんの膝の上でもだもだと転がる。

 「…俺だって知らないけど、でもそんな家庭がいいなとは思うんだよね…」

 兄さんの膝に顔をうずめる。

 「兄さんにそっくりな子どもがいて…休日には家族仲良く一緒に遊んだりするような…」

 兄さんの匂いを堪能する。

 「俺は兄さんのことが大好きだし、兄さんだって俺のことを大好きだし…」

 小さなお尻をやわやわと揉んでみる。

 なのに頭上から、本のページをめくる音が響く。

 俺との会話に飽きて、読書に意識を向け始めたに違いない。

 「…兄さんひどい。俺の純情をもてあそんだりして」

 帯と着物の間に手を入れて背中を撫でる。

 それでも兄さんは動じない。

 「ねぇ兄さん構って?」

 くいくいと帯を引っ張る。

 「邪魔だ。暇なら部屋で昼寝でもしてろ」

 けんもほろろな冷たい台詞が降り注ぐ。

 「…兄さん一緒に寝てくれる?」

 「俺は眠くない。一人で寝てろ」
 

 「俺だって眠くないし。だから兄さん構って」

 「暇ならお前、本でも読んだらどうだ。軽い頭が少しは重くなるぞ」

 笑いながら鼻をつままれる。

 「兄さん読んで聞かせて?」

 「知るか。鬱陶しい」

 「兄さんが優しくない」

 ぷくぷくと膨れていく。



 「…どうしたいんだよお前」

 呆れたように言いながら、持っている本の背表紙で兄さんが俺の頭を軽く小突く。

 「兄さんと結婚したい」

 「…絶対ないが、仮にそうしたらその次は」

 「兄さんと一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に散歩したりしたい」

 「今と変わりがねぇな。毎晩お前、俺の布団にもぐりこんで来たり風呂場に突入してきたりしてるだろ」

 「…子どもが出来るようなこともしたい」

 「できねぇよ。男同士だろ」

 「大丈夫。医療団は出来るって言ってた」

 「ならお前一人でも作れるんだろ。そうしろ」

 「…兄さんとしたいの」

 「俺はしたくないしする気もねぇ」

 「…兄さんたら。いつまでも俺を子どもだと思ってるんでしょう。俺はこんなに本気なのに」

 「子どもだとは思ってない。俺よりでかい図体なんだから一人前の大人だろ。だから離れろ。ガキみてぇな真似してんじゃねぇよ」

 髪の毛を撫でるようにぺしんとされる。

 「…俺はまだ未成年の子どもだし。だからいいんだよ」

 「我侭」

 くすくすと笑われる。

 
 「都合のいいときだけ、ガキと大人を行ったり来たりか。いいとこ取りだな」

 「そうかな。だったらもう少し我侭を言ったりしようかな」

 「お前は今でも充分我侭だろ」

 「我侭じゃないよ。だって兄さん、俺のお願いきいてくれないし」

 「お前を嫁に貰えって?いらねぇよ。熨斗つけて返品だな」

 「それもいいな。返品されても、出戻った先の扇家にも兄さんがいるからね。兄さん俺嫁ぎ先から返品されちゃった。だから慰めて?」

 「なんの屁理屈だよ」

 声をあげて兄さんが笑う。

 つられて思わず俺も笑う。

 「…眠たくないけど寝ようかな。ほら俺、嫁ぎ先から返品されて傷心だから」

 兄さんの膝に頬を押し当てる。

 「寝るんなら静かにしてろ。俺は本を読んでいるんだ」

 かすかに笑いを含んだ兄さんの声を聞きながら、ゆっくりとまぶたを閉じる。



 まったりとした甘い午後。

 
 兄さんの柔らかな膝の上。

 なんだか幸せ。

 結婚してなくても、俺をこれだけ幸せにしてくれるのだから兄さんはやっぱり俺の愛妻だ。

 兄さんが嫌がるなら、俺の方が兄さんの愛妻になってもいい。

 そのためならドレスだって白無垢だって。なんなら新婚さん定番だという裸エプロンをしてみたってかまわない。

 …兄さんの裸エプロン。兄さんの裸割烹着姿。

 それはどれほどまでにも魅力的に蠱惑的に、俺の心をわしづかんで見せることだろう。

 その姿を妄想する。

 …いいな。裸エプロンより兄さんには断然、裸割烹着が良く似合う。


 

 素敵な奥様。素敵な妄想。なんて可愛い俺の愛妻。

 温かな膝。柔らかな躰。甘い甘い、兄さんのこの匂い…。

 うっとりとしたまろやかな午後のひとときを、思う存分味わっていく…。










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