結界師二次創作「兄さんと僕。その7」

□天国で地獄。でもやっぱり天国。
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 「…俺は本当に兄さんが好きだよ…」

 毎日毎夜囁き続ける。

 「兄さんさえ了承してくれたら、正式に婚姻の儀を執り行いたいと思っている」

 不審そうに俺を見上げる紅い瞳。

 「…兄さんを抱きたいと思っている。…だけど無理強いはしない」

 兄さんの顔から表情が消える。

 怯えている証し。

 以前に一度だけ、無理矢理抱いた。

 力に任せた凌辱。

 普段は忘れたふりをしてくれているあのときの恐怖を、兄さんは決して忘れてなどいない。



 「…本当に、兄さんがいいと思ったときでいいから…」

 頭を下げて懇願し続ける。

 「兄さんさえ、そうしてくれたら…。俺は本当になんだって出来るから…我慢するから…」



 最後はほとんど泣き落としだった。

 兄さんの優しさにこれでもかと言わんばかりに付け込んでいく。

 別次元の能力者。だから七郎は強くて泣かないだろうと思っていた兄さんが、俺の涙に怯んでいく。

 その隙をついて畳み掛けるように、無理矢理約束をとりつけた。

 兄さんさえ了承してくれたら、あとのことはすべて俺が手配すればいい。

 …兄さんはきっと想像していなかった。

 正式なお披露目。

 扇家当主の兄にして正妻という新たな地位を与えられてしまうことなんて。



 ―…なんだか騙された気がする。

 ―…やっぱりおかしいんじゃないか。



 兄さんのあげる声を更なる泣き落としで封じていく。

 すると思わず黙ってしまう兄さんにあわせて、婚姻の儀式用に新たな着物を仕立てさせていく。

 扇の家紋が染め抜かれた新しい着物。

 黒羽二重の羽織に、黒の縞柄の袴を合わせたものを二組。兄さんの分と俺の分。

 婚姻に伴い支度された真新しい調度品の数々。

 親族や繋がりのあるところから届く祝福の言葉。祝いの品々。

 俺が兄さんを愛しているのは周知の事実。

 だから周囲は俺のことを存分に祝福してくれた。

 …兄さんには微かに同情の目が向けられていたようだけれど、幸い兄さんはその視線には気付くことがなかった。



 何度も夢に思い描いた、二人で並んで杯を傾ける三三九度。

 ついに俺は、念願を成就させることが出来たのだ。

 清純な兄さんには白無垢を着てもらいたかったけど、さすがにそれは拒否された。

 清らかな乙女。

 処女の純潔。

 一度は俺に汚されたとはいえ、兄さん以上に白無垢が相応しい人を俺は他に思いつくことが出来ない。



 そうしてその夜から、俺は兄さんと同じ部屋で寝起きすることが出来るようになった。

 最初はただそれだけでいくらにでも幸せになることが出来ていたけれど、さすがにそろそろ限界を感じる。

 兄さんの柔らかな躰。

 少年のままの清らかな躰。

 肌を彩るまじないだって、蠱惑的で妖しい魅力に満ちている。

 そして仄かに立ち上る甘い匂い。

 こてんと寝転がる無防備な姿。

 放り出された小さな手のひらを握ったことだって、一度や二度ではない。
 

 すぅすぅという愛くるしい寝息に、理性を根こそぎ奪われながら、羊を数え続けた夜だって数えきれない。

 いつだって途中から羊は兄さんにかわり、狼の俺が登場する破目になるのだ。



 同じ部屋で寝起きしているとはいえ、ベッドは別。

 俺は今まで使っていた慣れているベッド。寝具類だけを新調した。

 兄さんはさすがに俺の洋室に布団を敷くことを諦めて、新しく購入した畳ベッドに布団を敷いて眠っている。

 触れそうで触れない距離。

 ぽかんと口をあけてすやすやと眠っている姿が、いくらにでも俺の情欲をかきたててやまない。



 …だけど兄さんからのお許しがでない。

 いつまでたっても俺にその躰を舐めさせてさえくれない。



 ―…俺がいいときでいいんだろ。そういう話だったんだから。

 ―…嫌なら他の女のところにでも行ってこいよ…。ほら、たくさんいただろお前には。



 ぷくりと頬を膨らませてそういう兄さんには抗うことができない。

 尖らされたさくらんぼのような唇に、自分のそれを重ね合わせたいとただひたすらに願うだけ。


 
 …兄さんはきっと、いまだにあの夜のことを根に持っている。

 兄さんがこの家を出て上の兄たちのもとへ身を寄せると聞かされた晩。

 …無理矢理兄さんの躰を抱いたあの夜のことを。

 あの頃は俺も若くて、衝動を押さえられるほどの分別が備わってはいなかった。

 ただただ激情のままに兄さんを抱き、おのれの欲望を叩きつけた。

 そして目覚めた次の朝。

 兄さんの姿は何処にもなかった。

 上の兄たちに話をしても会わせては貰えない。

 何度足を運んでも、兄さんは俺に顔を見せてさえくれない。




 夜行から兄さんを本家の方で引き取ってくれと連絡を受けて俺が迎えに行った。

 …あの瞬間まで、俺は兄さんに会うことが叶わなくなっていたのだ。

 もうあんな辛い想いはしたくない。

 
 兄さんを本家に引き取ってからは、連日誠心誠意謝罪した。

 兄さんに家出をされても、狂いそうになる頭と体を自分の中だけで消化した。

 兄さんが自分の意思でこの家に戻ってきてくれてからは、品行方正を心がけた。

 …だから兄さんも折れてくれた。

 俺の成長を信じて、それで俺が約束を守ると信じてくれたのだ。



 だけど、もう。

 …まさかこんなにも長い間、お許しが出ないなんて思ってもいなかった。

 …婚姻して同じ部屋に寝起きをしていれば、兄さんだって流されてくれるに違いないと俺はそう思い込んでいたのだ。




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