結界師二次創作「兄さんと僕。その9」

□撃沈ホワイトデー
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 兄さんが風邪を引いた。

 普段の俺なら心配して片時も傍を離れたくない気持ちになるところだけれど、それが今日という日なら話は別だ。



 「…菓子をどうするかな…。ガキどもにうつすわけにもいかねぇしな…」

 寝間着のままで、布団から上半身を起こした兄さんが思案している。

 「大丈夫。俺もちょうど用事があるから。兄さんのお菓子も俺が配ってくるよ」

 表面だけはにこやかに取り繕う。



 今日はホワイトデー。
 
 先月のヴァレンタインに、兄さんときたら何処の誰とも知れない奴等にチョコレートなんかを貰って帰ってきてしまった。

 2月14日は女が菓子を配る日。

 3月14日は男が菓子を配る日。

 そう勘違いをしているのなら、勘違いをしてもらったままで構わない。

 あのチョコレートの山の中に、もしかして兄さん宛の本命チョコがあったかもなんて、兄さんには想像さえしてほしくはないのだ。



 軽い咳をしながら薬を飲む兄さんの背中をそっと撫でる。

 「俺に任せて?兄さんのお菓子はちゃんと、裏会と夜行で配ってくるから…」

 「…仕方がないな…。あとは頼むぞ、七郎…」

 熱で潤んだ紅い瞳が俺を見つめる。

 ただそれだけで、体の中心に電流が走る。



 名残惜しい兄さんの寝姿をあとにして、二人分の菓子を風に浮かせる。

 別に俺が貰った菓子ではないけれど、食べたのは俺なのだから仕方がない。

 何処の誰かもわからない女が兄さんに贈ったチョコレートなんて危険なものを、兄さんに食べさせる訳にはいかないのだから。

 だから、兄さんにチョコレートなんかを贈ってきた送り主たちは完全に把握した。

 チョコレートにつけられていたカードの類いもすべて目を通した。

 好きだとか付き合ってくださいなんて直接的なものはなかったけれど、好意を感じ取れるものも少なくはなかった。



 ―…兄さんは俺だけの兄さんだ…。

 ―…絶対に、他の誰にも渡さない…。



 決意も新たに、裏会本部へ舞い降りる。

 まずは、挨拶がてら竜姫さんとぬらさんに菓子を渡す。

 兄さんからは、木箱に入った和三盆のカステラ。

 俺はマカロンの詰め合わせやクッキーの詰め合わせなど、洋菓子の詰め合わせをたくさん用意した。

 「どうぞ。これは兄さんからのお返しです。お菓子は結局僕が食べたので、こちらは僕から」

 にこやかに手渡すと、竜姫さんが楽しそうに笑う。

 「六郎はどうしたのぉ?七郎一人でここに来るなんて珍しいじゃない?」

 「兄さんは体調が思わしくなくて。兄さんに頼まれて、お使いしてるんですよ」

 「あんたも苦労性ねぇ」

 まるで俺がここにこうしてやってきた理由を全て承知していると言わんばかりにくすくすと笑う。

 なんとなく居たたまれなくて、早々に竜姫さんの元を辞去していく。

 ぬらさんは今日は来ていないと言うから、ぬらさんに渡すものは預けておくことにした。

 きっと今日もこのあと会うのだろう。

 竜姫さんとぬらさんも、本当にいつ見ていても仲が良い。



 裏会で兄さんにチョコレートを渡した女たちにも、お返しを渡して歩く。

 兄さんはどうしたのかと問われ、先程と同じように体調不良でとの説明を繰り返す。

 心配するような顔をしている女たちを、表面上だけはにこやかに相手をする。

 「兄さんには僕がついているから、何も心配するようなことなんてないですよ」

 そう。

 だから、兄さんと俺の間に他の人間なんかいらないのだ。



 手早く裏会を片付けてから、いよいよ夜行へと向かう。

 裏会で渡された菓子より、夜行で渡された菓子の方が断然多い。

 …怪しい芽は、早めに根こそぎ摘み取っておくに限るのだ。



 大量の菓子とともに夜行へと舞い降りる。

 裏会を先にしたのは理由がある。

 兄さんは菓子を余分に準備させている。
 
 余ったものはみんな、夜行の子どもたち用に置いてこいと言われているのだ。



 ―…兄さんたら本当、子どもには甘いんだから…。



 なんとなく面白くはないが、それが兄さんのご希望なのだから仕方がない。

 せいぜい手早く配り終えよう。

 裏会ほどには、気を使う必要のない場所なのだから。













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