結界師二次創作「兄さんと僕。その2」

□憧憬
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 自分はハンバーグが好きだった。

 だけど、鬼童院家の食卓にそれがのぼることなど、ほとんどない。

 鯛のお刺身より、鮑の姿焼きより。

 自分はずっと、ハンバーグや、スパゲッティや、鳥の唐揚げが食べたかったのだ。


 それで、いつも駄々をこねていた。


 そのたびに、父や祖父母に叱られて。

 厳格な父。

 そして祖父母。



 母の顔は知らない。

 死んでしまったのか、生きているのかすら、自分には知らされていなかったのだから。



 だけど。

 そうして自分が叱られているのを見て。



 …7歳年上の姉だけが、いつも自分を庇ってくれていた。

 そして…私もハンバーグが食べたいから…明日の夕飯はそれでお願いします…、と…。

 口添えを、してくれるのだ…。

 この鬼童院家の夕食に、そんなものを…と言ってくる料理長に、…私の頼みでもいけませんか…と…。

 そっと…その綺麗な顔をかしげて…そう、言ってくれる。



 姉が本当にハンバーグを好きだったかどうかは知らない。

 
 多分、そんなには好きじゃなかったのだと思う。

 いつも、自分のハンバーグや、鶏の唐揚げを…俺の皿に、取り分けてくれていて…。

 姉がそれらを口にしているところは、ほとんど見ることなどなかったからだ。

 だけど…本当に姉自身が好きなメニューだったとしても…。

 俺が、もっと食べたい、と駄々をこねれば…。

 やっぱり俺に譲ってくれていたのだろうと、そう思う。





 幼少時から、この鬼童院家の歴史の中でも、ずば抜けた才能を発揮していた姉。

 誰が使役している鬼でも、姉が命ずれば必ず、姉の命令通りに行動する。



 小さな頃から次期当主としての地位を確約されていた姉には、父や祖父母であっても逆らうことなど出来ない。


 …鬼童院家が使役している鬼たちが、あちらこちらで見ているからだ。



 常に姉の顔色を伺い、姉の意向通りに動く。

 父や祖父母が姉に対して敬語で話すことに、違和感を感じることさえなかった。



 他の親族達も、父や祖父母と同様だった。



 それだけすごい姉。

 綺麗で優しくて、自慢の姉。



 その姉は、自分に対してはいつも優しかった。

 記憶にも母の面影がない自分を不憫に思ったのか、いつも自分のことを気にかけてくれていた。

 この姉が、自分の母代りを務めてくれていたのだと信じている。



 姉に比べて能力の劣る自分。

 我儘で、自我の強い子ども。



 姉以外に、相手をしてくれる人物など、この家の中にはいなかった。



 そして、確約されたとおりに20歳で鬼童院家の当主となった姉。

 鬼童院家の歴史の中でも、おそらく最強の当主。



 長い間鬼童院家に仕えてくれている鬼たちも、姉の当主承継を心から祝っていた。



 本当に誇らしかった。

 だから自分も、姉のところへ祝いを言いに行った。

 そして…。

 …浮かない表情の、姉の顔を見たのだ…。




 「どうしたの、姉さま…。元気がないよ…?」

 「…大丈夫よ…。ちょっと、疲れただけ…」



 そう言って…。力なく微笑む、姉の顔…。

 心配になって…姉の傍から離れられなくなる…。

 その間にも。親戚が。一族の関係者が。次々と姉のもとへと、祝いを述べにやって来る。





 ―鬼どもの力を使って、生意気なあの一族を潰しに行きましょう…。あなたが命じれば、鬼たちは喜んで従うのですから…。




 ―いや、新たな組織を作って、この国の根底を押さえましょう…。大丈夫、組織のかじ取りは私が引き受けますよ…。

  あなたは、鬼たちに命じてくれさえすればよいのです…。





 …なんだこれは、と驚愕する。

 …なんだこいつらは…。

 姉を…。姉を、まるで、自分たちの道具のように…。



 この優しい姉が、鬼たちに慕われているのは…。

 …鬼たちが、姉を慕うのは…。

 …お前たちのためなんかじゃ、ないだろう…。



 腹の底から、怒りがわき起こってくる。

 こいつらに…ふざけるなと、言ってやらなければ…。


 
 立ち上がりかけた俺の肩を、そっと押し戻す手を感じる。

 …この人は…。

 そっと、俺を嗜めるように視線を送ってくる。

 最近…姉のところへよく訪ねてくる…竜姫さん、という妖混じりの人…。



 「あんたじゃ駄目よ…ぬらちゃんを困らせるだけ…」

 そっと、俺の耳元でそう囁く。

 この偉大な姉のことを、ぬらちゃんなんて呼ぶのはこの人だけだ。

 そもそも、姉と出会って間もない頃から、この人はずんずん姉に構ってくる。

 …それに対して、姉が困惑しているのも知っている…。

 だけど…。

 …この人は、姉のことを本当に大好きなのだと、それは伝わってくるから…。

 そっと…押し戻されるまま、自分の席へと戻る…。



 視界の端で…。

 竜姫さんに何か言われたらしい親族たちが、すごすごと退散する様を見て取る。

 少しだけほっとしたような姉の表情が…また少し、困惑したものへと変化する。

 …今度は竜姫さん自身が、姉の元から離れなくなったからだろう。


 
 だけど、彼女ならいいのだ。

 余計なことを言いにくるものがいないように…盾になってくれているのだろうと思うから。

 この姉のことを…姉自身のことを、大事に思ってくれている。

 自分がそうだからわかるのだ。

 彼女自身が、俺のことを認めてくれているように。




 
 自分の席で…姉の綺麗な着物姿を見つめ続ける。

 配膳やお酌をしてくれている鬼たちと、そっと笑いあう。

 鬼たちもやはり…親族たちの物言いに、姉が困惑する様を許せなく思っていたのだ。



 自分には、姉ほどの能力はないけれども。

 鬼たちと心を通わせていることにかけては、姉にも匹敵するのではないかと思っている。

 …自分も鬼たちも。姉のことを大好きだ、と思う心が一緒だからだ。





 姉の当主承継からしばらくして。

 新しく別邸をつくろう、という話が出てきているのを知った。

 姉の当主就任祝いに、新しい別邸を。

 鬼童院家の力を誇示するためにも必要だから。



 自分もそれに対して、特に異存はなかった。

 ただ…。

 その力を誇示するために…。巨大な館を、一日で。

 …鬼たちに作らせればよいのだ、という…。

 驕り高ぶったその物言いには、賛同などできなかった。



 姉の表情が曇る。

 姉は、本当に鬼たちを大切に思っているから…、そんな命令など、出来はしないのだ…。



 …自分が出ていこうか、と思う。

 姉に対する自分の思慕の念により…。姉が自分に向けてくれる愛情により…。

 鬼たちは、父よりも祖父母よりも、今では自分の言うことを優先して聞いてくれるようになっている。

 …姉ほどではないにしても、自分は鬼たちを使役することができる…。

 …自分の力ではなく、姉の力によって。





 だけど、やはり自分の肩を押し戻す力を感じる。

 耳元で…あなたは、出ていらしてはなりません…。と、囁く声…。


 鬼たちの中でも、巨大な力を誇る…ギン…。

 姉の側仕えとしても長年仕えてくれている、自分にとっても頼もしい存在。



 それが、親族たちの前に進み出る。

 「構いませんよ…ぬら様のためでしたら、その程度のお屋敷は、一日で作ってみせましょう」

 「…駄目よギン…!一日で何て、そんなのは駄目…!あなた達に無理をさせたくはないの…」

 姉が慌てて言い添える。

 その姉に、微笑みながら。

 「では、三日程度ならいかがしょうか?あなたのために働くことを厭うものなど、我らの中にはいませんから」

 …ただし…あなたのため以外には、働くつもりなどありませんがね…。

 そう言いながら、横柄な親族たちを見渡している。

 …すごすごと…逃げ出す親族たちの姿が、愚かしく映る。



 「だけど…そんな日程じゃ…」

 「一日で作ることも、充分に可能です。三日もかけるのでは、むしろ体がなまってしまうほどですよ」

 にこやかに、姉に告げる。



 この鬼が姉の側に仕えてくれていて、本当に良かったと思う。
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