結界師二次創作「兄さんと僕。その3」

□残雪
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 …ちらり、と兄さんが俺を見る。

 いつものように、お茶の時間を一緒に過ごしながら。

 お茶菓子のカステラを、少しずつ口に放り込みながら。

 時折ぽかんとした口を開けて…少しだけ、何か言いたそうな顔をして。

 綺麗な紅い瞳を、俺に向かって見上げてみせる。



 「なに…?兄さん…」

 「別に…」

 「いや…さっきからずっと俺を見てるから」

 「…見てない」

 ふいっと俺から視線を逸らす。

 …あんなにずっと見ていたくせに。

 ―むぅ、と唸る。

 相変わらずこの人は…自分の考えを上手に俺に伝えてくれない。



 「見てたよ?」

 立ち上がり…兄さんが座っているソファの方へと移動する。

 そのままぐいっと兄さんの細い躰の上に覆いかぶさる。

 「…どけよっ!」

 「だって気になるから」

 華奢な躰を抱きしめる。

 「兄さんが熱い瞳で見つめてくれたりするから…いいのかなって俺勘違いするかも」

 ちゅ、と軽く首筋に唇を寄せる。



 …どんっ!

 思いっきり突き飛ばされる。

 まあ、この人の腕力だから…たかが知れてるって言えばそうなんだけど。

 「…俺はっ!」

 「兄さんは?」

 「…家の…」

 「家の?」

 むぎゅ、と兄さんが唇を噛んで…上目づかいで俺を見上げる。

 「…うわ…その顔…すっごく可愛い…」

 「は…?」

 その躰に伸し掛かって無理矢理唇をあわせる。

 ―んん、ん、…。

 抵抗する兄さんの躰は俺の体重でいくらにでも抑え込める。

 …固く結ばれた唇の中には…侵入できない。



 「…いたっ…!」

 思わず兄さんの上から体を離す。

 首筋を…引っ掻かれた…。

 右手で唇を拭いながら、ずるずると兄さんが後ずさる。

 「…この馬鹿っ!」

 紅い瞳が僅かに潤んでいる。

 「だって兄さんが悪いんだよ?」

 兄さんが話しやすいよう…仕方ないから距離をとる。

 「…俺は…!」

 「うん、聞くよ俺。兄さんの話ならちゃんと聞く」

 「…俺は…。家の仕事はどうなってるのか…聞こうとしただけだ…」

 「家の仕事?」

 「…あるだろ…」

 「どれ?」

 「…餅つきとか…初詣の準備とか…」

 …うん…?どれも、兄さんの手を煩わせるようなものじゃ…ないような気がするけれど…。

 「えっと…。餅つきはもう終わっているし…。初詣の準備も…神社の使用達が全部しているし…」

 戸惑う。…兄さんは、どういうつもりでこんなことを…俺に聞いてきたりするんだろう?

 「兄さんの手を煩わせるようなことは…本当に何もないんだけど…」



 むぎゅ、と唇を噛んで…兄さんが下を向く。

 …困る…。この人が何を考えているかわからないから…本当に困る…。

 別に無理にそんな雑用をしなくても…。

 ここ最近はずっと、兄さんは扇本家の仕事にかかりきりのはずだ。

 その間お預けを食らわされているのだから、間違いはない…。



 「…いい…」

 がたんと立ち上がり…そのまま部屋を出て行こうとする。

 その…白い腕を捕まえて引き寄せて、小さな躰を腕の中に抱え込む。



 「…離せよっ!」

 「あなたがそんな風に出て行ったら…俺が気にするでしょ?」

 暴れる手足を抑え込む。そのまま小さな躰を膝の上に抱きかかえて。

 「なにかあるのなら…ちゃんと話せって言ったの、あなたでしょ?」

 …暴れていた手足が…大人しくなる。



 「…ずっと…」

 俺の顔を見ないまま、小さな声で兄さんが囁く。

 「ずっと…何?」

 「手…離せ」

 逃げそうな気配はないから…そっと腕を離す。

 

 せっかく解放してあげたのに…。

 どうしてこの人は…固まったまま俺の膝の上から逃げないんだろう?

 …俺が触ったら怒るくせに…自分が俺に触ることについては、結構無頓着だよなこの人…。

 わざわざ指摘してやる必要もないし…そのまま、軽い躰のちょこんとした重さを堪能する。

 小さなお尻の…微かな弾力も。



 「ずっと…お前一人で…してたんだろ…」

 「何を…?」

 「………」

 ぎゅ、と俺のシャツを摘まんでくる。

 …その気がないのは分かっているんだけど…。

 ちょっと最近俺…あなたにお預けくらってるからさ…。

 …やばいよ…兄さん…?






 しばらくそうして固まって。

 ふ、と兄さんが息をつく。



 「…動くなよ。…手も、動かすな…」

 「え?」


 
 聞き返す間もなく…。

 兄さんの手が、俺の背中に回されて…。

 兄さんに…、ぎゅうって…抱きしめられる…!?



 「に…兄さん!?」

 「…うるさい…お前は黙ってろ…」

 そのまま…温かな胸に抱きしめられたまま…。

 耳元に、兄さんの心臓の音だけが聞こえる…。

 …兄さん…?



 「…俺たちが…いない間…、何年も、ずっと…」

 しばらくの沈黙の後…兄さんがようやく口を開く。

 「全部…お前一人でやってたんだろ…」

 震えるような…その声。

 「…餅つきも…初詣の準備も…家の、ことも…何もかも全部、お前が一人で…」

 俺の頭の上に…兄さんが、自分の頭をうずめる…。

 「雑用でも…なんでも…もうお前一人で抱えるなよ…」

 一言一言…噛みしめるように。

 「俺は…お前の兄だろ…」



 それだけ言って…。

 ふわっと…温かな躰を俺から離す。

 「…兄さん…」

 「話はそれだけだ」

 「もうちょっとだけ…」

 「断る」

 「意地悪…」

 「うるさい」

 
 そのまま…ぱたんと扉を閉じて立ち去ってしまう。



 本当に、あの人ときたら…。

 自分に対して、義務を負わせるのが好きだよな…。

 働いていることで…自分が必要とされている、と感じることで…。

 それでようやく、落ち着くのだろうとは…わかっているけれど。



 あの人だけが…あの時生き残ってしまった…。

 その罪悪感を…働くことで、慰めているのだろうけれど。



 もうちょっと…何も考えずに。

 楽しいとか、面白いとか、幸せだとか…。

 俺はあの人に、感じてほしいのだ…。



 もちろん…俺との行為で…楽しい、と感じてもらえたら…それが一番俺にとっては幸せだけど。

 …それは難しいだろう、とはわかっている。





 せめて…新年には、あの人に。

 新しい…仕立てたばかりの着物を着てもらって。

 新年のごちそうを…味わってもらって…。

 少しでも、新年の…おめでとう、という空気を…その肌で感じてもらいたい…。



 幸せそうに笑う兄さんを…俺が見たいのだ…。

 あと少し…そんな気がする。

 もう少しのきっかけだけで…兄さんは、この穏やかな生活に浸ってくれる…そんな気がする。

 もしかしたら、そうなったらいいなっていう…俺の願望かもしれないのだけれど。

 そうなってくれたら…本当にいいなと思う。



 …兄さんに、新しく仕立てた…あの着物の、しつけ糸でもほどいて。

 明日の朝には着てもらえるよう、今夜中に兄さんに手渡しておこう。



 今夜もきっと、あの人は遅くまで仕事をするのだろうから。

 部屋に届けて。

 …年越しの瞬間を狙って。



 …キスの一つでも、仕掛けてこよう…。

 そう、決意する…。

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