結界師二次創作「兄さんと僕。その3」
□猫耳頭巾ちゃん。で野の白鳥
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―猫耳頭巾ちゃんは必死でした。
―その白くて細い両の指は引っ掻き傷だらけで、その傷口からは血が溢れています。
―だけど猫耳頭巾ちゃんは、そんなことは全く気にもしていないように、一心不乱になってその編み物を続けていたのでした…。
猫耳頭巾ちゃんには、5人のお兄さんがいます。
歳の離れたそのお兄さん達は、とても力強くて逞しくて、猫耳頭巾ちゃんが持っていないものをたくさん持っている…猫耳頭巾ちゃんにとっては、本当に憧れのお兄さん達でした。
猫耳頭巾ちゃんはお兄さん達が大好きで、小さなころからいつも後をついて歩いていました。
たまにお兄さん達は、そんな猫耳頭巾ちゃんのことを可愛がってくれたりもするのです。
だから猫耳頭巾ちゃんは、お兄さん達のいう事なら何でも聞こうと思って毎日頑張っていました。
―そんなある日のことでした。
どこからともなく、悪い魔女があらわれて…大好きなお兄さん達に、呪いをかけてしまったのです。
その日から、お兄さん達はすっかり変わってしまいました。
5人で1人の体になり、とても怖いことをするようになりました。
神佑地を狩ったり、土地神を襲ったりするようになってしまったのです。
猫耳頭巾ちゃんはとても怖くなりましたが、お兄さん達はもう誰一人、猫耳頭巾ちゃんの言葉に耳を傾けてくれたりはしなくなりました。
猫耳頭巾ちゃんが何を言っても、泣いても…。
お兄さん達はもう誰も、猫耳頭巾ちゃんの方を顧みることすらしなくなりました。
どうしたらいいのかわからなくなって、猫耳頭巾ちゃんは本当に怖くなりました。
だけど、泣いていても大好きなお兄さん達が元に戻ってくれたりはしない…それだけはわかりました。
だから、それから猫耳頭巾ちゃんは毎日、あちらこちらで何でもいいからわかりはしないかと、調査をするようになりました。
お兄さん達が壊した神佑地を見て歩いたり…裏会調査室の人に話を聞いたりしてまわりました。
ですが何ひとつ、お兄さん達を元のお兄さん達に戻せる方法の糸口はつかめませんでした。
それでも猫耳頭巾ちゃんは諦めませんでした。
何もなくても、毎日あちらこちらを調べて回りました。
―そんな、ある日のことでした。
裏会記録室の奥久尼という魔女が、猫耳頭巾ちゃんを呼び出してきたのです。
その魔女は、とても好奇心旺盛な魔女で…猫耳頭巾ちゃんも、あまりいい噂を聞いたことはありません。
だけど、もう藁にもすがる思いで…その魔女に誘われるがまま、裏会記録室の最深部である奥書院まで出向くことにしました。
そこはとても薄暗く、猫耳頭巾ちゃんは恐々と足を進めていきました。
きゅ、と両手の指を握り込んで…それでも猫耳頭巾ちゃんは唇をかみしめて、その先へと向かいました。
奥久尼という魔女は、思っていたよりずっと小さな魔女でした。
猫耳頭巾ちゃんも大変小柄な方でしたが、それよりも魔女の方が小さく感じられました。
「あなたのお兄様方のことを、私もずっと調べていました」
きらりと光る瞳で、魔女が話を切り出しました。
「古い呪法で…あのようなことが出来ているのだとわかりました」
「…どうしたら、その呪いは解くことが出来るのでしょうか?」
「そうですね…。方法がないわけではありません…」
「っ!どのような!!」
猫耳頭巾ちゃんは必死で縋り付きました。
きっとこの魔女はいい魔女に違いありません。
兄達の呪いを説く方法を、調べてくれていたのですから。
「ただ一つだけ、方法があるのですが…。あなたには、辛いことかもしれません」
「構いません!俺のことは構いません!なんでもしますから!」
猫耳頭巾ちゃんがそう言うと、魔女の目がまたきらりと光りました。
「本当に、なんでもすると?」
「はい、なんでも!」
…魔女の館から戻った猫耳頭巾ちゃんは、その足でそのまま、扇家が管理している荒地へと向かいました。
魔女が教えてくれた呪いを解く方法を実践するには、その荒れ地に生えている刺のある草が必要だったからです。
猫耳頭巾ちゃんは、一生懸命にその荒れ地で刺草を摘み続けました。
可憐な指先がどんどん血で滲んでいきましたが…それでも猫耳頭巾ちゃんは、たくさんの刺草を摘むことをやめませんでした。
―この、刺草をたたいて…中から、繊維を取り出して。
―それで…その糸で、着物を編む…。
―その着物を着せかければ…兄達にかけられている呪いが解けると…そう、あの魔女が言っていた…。
ぶちぶちと刺草を摘み続けて…両手いっぱいに抱えきれないほどになりました。
それを無理して抱きかかえて…猫耳頭巾ちゃんの頬にも、たくさんの引っ掻き傷ができてしまいました。
ですが、それでも…。
―…急がなくては。
―…悪い魔女の呪いを早く解かなければ…兄達はまた。
―…神佑地を狩ったり、…土地神を襲ったり…してしまうに、違いないのだ…。
焦る心で、猫耳頭巾ちゃんは家路へと向かいました。
途中で、猫耳頭巾ちゃんの弟が声をかけてきたりしましたが…猫耳頭巾ちゃんは、いつものようにお返事はしませんでした。
―…その、刺草で出来上がった着物を着せかけるまでは…一言も、口をきいてはなりませんよ…。
―そうでなければ…もう、あの呪いを解くことは出来なくなってしまいますから…。
魔女の言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡ります。
猫耳頭巾ちゃんは、摘んだ刺草を部屋へと置くと、書庫へと駆け出していきました。
…取り出した繊維で着物を編む、その方法を調べなければならなかったからです。
目指す本を見つけて、猫耳頭巾ちゃんは部屋へとこもりました。
刺のある草を叩いて…潰して…。
それから、繊維を取り出していく…。
それだけでも、想像以上に大変なことでした。
猫耳頭巾ちゃんの手も腕も、傷だらけになっていきました。
刺草を抱きかかえて、頬も首筋も傷だらけになりました。
だけど、猫耳頭巾ちゃんはお構いなしに刺草を叩いていきました。
つぶれたその刺草から繊維を取出し、綺麗に並べていきました。
夜になって、お外が暗くなっても。
もっと夜になって…。家の中が、寝静まり返っても。
それでも猫耳頭巾ちゃんは、手を休めることなく刺草を叩いていきました。
―…とん、と。
猫耳頭巾ちゃんの後ろで、物音がしました。
何だろう…。
いぶかしく思って、猫耳頭巾ちゃんは手を休めることなく後ろを振り返りました。
「…兄さん…。今日は一体何をやっているの?夕食にも来ないで…」
猫耳頭巾ちゃんの弟が、怖い顔でそこに立っていました。
―…なんだこいつ。ノックもしないで…。
猫耳頭巾ちゃんは少し不機嫌になりました。
「ああ…。ノックをしたんだけど、ずっと兄さんどんどん叩いているから。勝手に開けたよ」
遠慮を知らない弟が、つかつかと近づいてきます。
―困る…。何もしゃべってはいけないと言われているのに…。
―こいつはしつこいから…困る…。
そっと、猫耳頭巾ちゃんは握っていた刺草を傍らに置きました。
そうして立ち上がり、弟の手を取って…そのまま、部屋の外へと追い出そうと試みました。
「兄さん…!」
弟が何か言ってきましたので、猫耳頭巾ちゃんはいやいや、と頭を振ることで意思表示をしました。
何もしゃべったりしないよう…ぎゅ、と唇を噛んで…。
下を向いたまま、いやいやをして、…弟を部屋の外へと押し出しました。
「…兄さんッ!」
弟が扉を叩いてきましたが、猫耳頭巾ちゃんは、ぎゅ、と唇を噛んで我慢しました。
しゃべってはいけないということが、魔女との約束だったからです。
それからも毎晩毎晩、猫耳頭巾ちゃんは寝る間も惜しんで刺草を叩き、潰して繊維を取出し、それで着物を編み続けました。
弟も心配しているし、食べないと自分には体力がないということを猫耳頭巾ちゃんはご存知でしたので、食事の時間にだけは欠かさず席に座り、きちんとお食事をとりました。
食事の席ではずっと弟が、色々なことをたくさん話しかけてきましたが、猫耳頭巾ちゃんはすべてにいやいや、と首を振ることで応えました。
それ以外、猫耳頭巾ちゃんには何もできることはなかったのです。
そんな日々が何日も続き…編み物などしたこともなかった猫耳頭巾ちゃんでしたが、なんとか刺草で編んだ着物が少しずつ形になってくるようになりました。
『初心者の編み物』というタイトルのその本を見て、猫耳頭巾ちゃんは、この本が家にあって本当によかったと思いました。
そうしてせっせといつものように、手も腕も傷だらけにして着物を編んでいると、ふわりと猫耳頭巾ちゃんの首筋を風が吹き抜けていく気配を感じました。
―…また…七郎が来ているのか…。
猫耳頭巾ちゃんは正直うんざりしていましたので、振り返ることはしませんでした。
―…自分は何もしゃべれないというのに。
この着物を早く編んで、お兄さん達に着せなければならないというのに。
この弟は、それを邪魔しに来ているとしか思えませんでした。
振り返ることもなく、猫耳頭巾ちゃんはまた編み物に没頭し始めました。
弟が何か言ってきたら、また部屋の外へ押し出せばいいと考えたのです。
そうしてせっせと、傷だらけの手を動かしていると…。
不意にその手を、握りしめられました。
ふ…と見上げる先には、案の定弟の顔が。
―…邪魔するな、と…言いたいんだが…。
ぎゅ、と猫耳頭巾ちゃんは唇を噛んで俯きました。
この弟にとっても、呪いをかけられたお兄さん達はやっぱりお兄さんです。
―せめて、説明が出来たらよかったんだろうが…。
そう考えて、猫耳頭巾ちゃんはふるふると軽く首を振りました。
…兄たちと、この弟は…あまり仲がよろしくないのです。
お兄さん達は全員この弟を嫌っていて…顔を見ることも嫌がっているということを。
猫耳頭巾ちゃんは残念ながら、…ちゃんとご存じなのでした。