結界師二次創作「兄さんと僕。その3」

□追憶
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 ―ゆるゆると…心地よい微睡みに躰が浸されてく…。

 ―…あぁ…、これは…あの頃の…。



 暖かな布団の中で…懐かしい、夢を見る…。










 その日も、自分は庭に立ち尽くしていた。

 …もう、3歳になったというのに。

 朝目が覚めたら、布団がぐっしょりと濡れていたのだ。

 …むぅ…、と思ってその光景を見ていると。

 いつものように使用人がやってきて、てきぱきと布団を片付けて始末して。

 …新しい着物に、自分を着替えさせてくれた。

 「…ごめんなさい…」

 恥ずかしいから…。着物の裾をぎゅ、と掴んで俯いて…小さな声でそれだけを言う。

 「…構いませんよ六郎様。最近では『おねしょパッド』を使っていますから」

 …いつも使用人は、自分に対して何も言わない。

 自分が何をしても…。出来なくても。

 また…むぅ、と頬を膨らませる。



 『おねしょパッド』って何だろう。

 構わないと言われても…やっぱりおねしょは恥ずかしいのだ。



 庭に干してあるその『おねしょパッド』を見に行くけれど…。

 いつものお布団とどこが違うのか…自分にはよくわからない。





 ぱちん、と。唐突に頭をはたかれる。

 「またおねしょしてんのか、このガキ」

 「…ごろうにいさん…」

 ぱちん、とはたかれた頭をさすりながら、大きなその人を見上げる。

 「お前だって扇家の子なんだから、みっともないことで俺らに恥をかかすなガキ」

 もう一度、ぱちん、と頭をはたかれる。



 ―自分だって、おねしょは恥ずかしいのだけれど。

 ―使用人は、自分に対して…。本当に何も言わないから…。

 ―こうして…何でもいいから、兄さんに構ってもらえるのは…なんとなく嬉しい。



 自分だって、早くおねしょを治したいとは思っているのだ。

 夜寝る前には便所に行って、あまり飲み物を飲んではいけない…。

 ちゃんと言われたとおりにやっているのに、たまにこうして失敗してしまう。

 ぱちんとはたかれた頭は別にもう痛くはないけれど。

 …なんとなく、そのままさすり続けてしまう。

 五郎兄さん以外に…。

 こうして自分を構ってくれる人は、…この家の中にはいないのだ…。







 その日は、親戚中が集まる宴会だった。

 たくさんの大人がいて、賑やかで…。

 皆とても楽しそうだった。



 その雰囲気に煽られて、自分もいつになくはしゃいでいた。

 大人たちの間を走り回っても、飛び跳ねて遊んでいても。

 誰も何も言わなかった。

 自分はこの扇家の直系男子で、ここにいる父さんや兄さん以外の大人よりも随分偉いのだと、親戚や使用人から教えられていた。

 だからずっと、座布団の上に飛び込んでみたり、座布団の上で飛び跳ねてみたりして…そうやって一人で遊んでいたのだ。

 周りの親戚たちも。

 ―まあ、お可愛らしい…。とか。

 ―お元気なお坊ちゃまでなによりですな…。とか。

 なんだか褒められているような気がして嬉しくなって。

 それでますますその宴会の会場中を走り回り…自分ははしゃぎまわっていたのだ。



 ぱちん、と。

 唐突に頭がはたかれる。

 「騒いでんじゃねぇよガキ。お前は自分の部屋に帰ってろ」

 「ごろうにいさん…」

 いつものように、はたかれた頭をさすって…。

 でも、周りの大人たちは皆、自分のことを元気でいいとか可愛いとか言って、褒めてくれていたのだから。

 「いいもんっ!」

 また、ぱたぱたと走り出していく。

 「おいこらっ!まてこのガキッ!!」

 五郎兄さんが追いかけてくる。

 …つかまらないもんっ!



 一生懸命に駆け出していく。

 「…おやおや…」

 「これはこれは…」

 周りの大人たちは、自分が走る方向にあわせて体をよけてくれる。

 きっと、自分を応援してくれているに違いない。

 
 ぱたぱたと無意味に走り回っていると。

 ―…どんっ!

 唐突に足元が払われる。きっと五郎兄さんの風。

 ―…うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!

 その場に転がされたまま、大きな声で泣きじゃくる。

 「うるせえガキッ!」

 ぱちん、とまた頭がはたかれる。

 ―…うえぇぇぇ、えぇぇぇぇぇぇぇんっっ!!!!!

 足をじたばたさせて泣き喚く。



 「うるせえ、黙れっつってんだろ!」

 …また、はたかれる…!

 
 反射的に躰をすくめていたのに。

 …はたかれる気配を感じない。



 ちらり、と薄目を開けて様子を窺う。

 五郎兄さんは…。

 ―…あれ…自分の方を見ていない…。

 構ってもらえないのなら…泣いていても仕方がない。

 ちょこんとその場に立ち上がり…五郎兄さんの視線の先で。

 ―その人を、見つける。



 「…いちろお、にいさぁんっ!」

 ぱたぱたと走り寄っていく。

 「…おいこら待てっ!」

 後ろで五郎兄さんが何か言っているけど気にしない。

 
 一郎兄さんは滅多にこの家に来ないから…会える機会は貴重なのだ。


 
 ぽすん、とその足元にしがみつく。

 「…おぉ…六郎か。…大きくなったな」

 すりすりとその足にほっぺたを擦りつける。

 この人は…俺の兄さんなのだ。

 父さんよりも大きくて、背中がとても広い。

 そして…五郎兄さんよりも大きくて、偉い人なのだ。



 「一郎兄さんっ!すいません、そいつはすぐに部屋に!」

 「いい、気にするな。…このくらい元気な方が、先が楽しみだ」

 そう言って、頭を撫でてくれる。

 父さんの隣に座る一郎兄さんの後をついていく。

 色々なあいさつをしてくる親戚たちの…。その相手をしている一郎兄さんの周りをうろうろする。
 


 …あれ…。登れそうだ…。

 一郎兄さんの背中はとても広くて大きくて…。

 …登って遊んだら…すごく楽しそうだ…。



 くい、とそりかえる。

 これから自分は、あの山に登る…。



 ―んんしょ、と声を出しながら…。

 おもむろに、一郎兄さんの背中へとよじ登る。



 「…おいこら六郎ッ!!てめえふざけんなっ!!」

 思わず首をすくめる。

 …五郎兄さんが…怒っていて怖い…。



 ―…どうしようかな…。このまま登ろうかな。それとも…降りようかな…。

 悩んでいると、一郎兄さんの肩にしがみつかせている腕を、ぽんぽんと優しく撫でられる。

 「…構わん、五郎。この六郎は、我らの弟ではないか」

 「…しかし…!兄さん!!」

 「さすがにお前くらいになると重いだろうがな。このような子ども一人くらい、羽のように軽いわ」

 ははは、と豪快に笑っている。



 五郎兄さんが、ぐっと言葉に詰まって…そのまま、固まってしまっている。

 にぱぁっと笑って、そのまま一郎兄さんに登っていく。

 ついに、登りつめて…。

 一郎兄さんの肩の上へと座ることが出来た。

 と、思ったら。



 ぐい、と急に引っ張られる。

 着物の襟を掴まれて…猫の子のように持ち上げられているのだ。

 「…一郎兄さんが優しいからって…大概にしろよクソガキ」

 怖い顔で…五郎兄さんが睨む。

 そのまま部屋の外へとつまみ出されて、ぽい、と捨てられる。



 ―…うぅー。



 五郎兄さんが相手じゃ文句も言えないし。

 部屋の外でうなるしかできない。



 しばらくそうしていたけれど。

 まだ、部屋の中がとっても賑やかで楽しそうで。

 そろりと扉を開けて、中の様子を窺う。



 …五郎兄さんは…あっち。

 …一郎兄さんは、そっち。



 そぉ…と扉を開ける。

 ちょこちょこと、一郎兄さんの元へと駆け寄っていく。



 自分が近づいていくと、一郎兄さんがにこりと笑いかけてくれる。

 だから…。

 また、一郎兄さん登りを再開していく。

 ―よいしょ、よいしょ…。

 声を出しながら登っていく。

 時折一郎兄さんが、肩に置いた自分の手を大きな手のひらで撫でてくれる。

 それに力づけられて、よいしょ!よいしょ!とどんどん上へと登っていく。



 ぐい。



 また…ぷらんと首根っこを掴まれて…。

 猫の子のようにぶら下げられてしまう。

 恐々と後ろを振り返る。

 …すっごく怖い顔の…五郎兄さん…。



 「…おめぇも懲りねえな」

 ひょい、と小脇に抱えられて。

 五郎兄さんの席に連れて行かれる。

 五郎兄さんと一郎兄さんの席の間には、他の兄さん達が座っていて…。

 やっぱり怖い顔で、自分を見ている。



 どん、と座布団の前に投げられて。

 どん、と…。

 五郎兄さんの足で、がっちりと背中を押さえつけられてしまう。



 じたばたと手足をばたつかせる。

 五郎兄さんの足はがっしりとしていて…逃げ出せない。

 「やあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」

 「うっせぇガキッ!」

 ぱちんと頭をはたかれる。

 …他の兄さん達は笑っていて…助けてくれそうにない。



 一郎兄さんは…他の親戚たちと何か話をしていて…こちらの方を見てさえいない。

 
 諦めておとなしくなる。

 …五郎兄さんの足は外れない。
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