結界師二次創作「兄さんと僕。その3」

□自覚
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 いつものように、扇家調査室へ出向いたときだ。

 いつもと同じように、兄さんはどちらへ、と室長に問いかけた。

 縮こまったままの室長が、俯いたままこう答えた。

 「…今日は、調査にお出掛けです…」

 「そう…。どこへ行くか、聞いている?」

 「さぁ…私には。二、三日かかるとしか…お聞きしておりません…」

 「そう…」

 いつもなら、そこで終わるはずの会話だった。



 は、と何かに気付いた様子の室長が、顔をあげてくるまでは。



 「そういえば…うちの若い者を一人お連れになりました。だから、そのものに聞けばきっと…」

 「若い者?」

 思わず室長の話をさえぎってしまう。

 …どういうことだ…。兄さんが…他のものと、二人で?

 「調査に…必要だからと、そうおっしゃられて」

 剣呑になった俺の気配を察して…室長がより一層縮こまる。

 「そう。…その者が帰ってきたら…俺の元へ来るように、そう伝えておいてくれ」

 す、と席を立つ。

 この室長から聞き出せるのは、おそらくここまでだろう。

 兄さんが、行先を教えているとも思えない。

 …連れて行ったというその者に。

 連絡をさせるとも、思えない…。






 いてもたってもいられなくなる。

 どうして…兄さん…。

 俺じゃない誰かと…どこの誰とも知れないやつなんかと…。




 …兄さん…。

 兄さんの、あの小さな姿。

 いつもその躰にまとっている、あの紅い装束。

 あれだけ徹底的に日の光から、その身を覆い隠しているのだから。

 きっと、その着物の下には…いくらにでも白い肌が隠されているに違いない。

 そこまで考えたとき。

 体の中心に、衝動を感じる。



 …駄目だ…。

 これ以上、踏み込んではいけない…。

 理性が警告音を鳴り響かせる。



 駄目だ、駄目だ、駄目だ…。

 確かにそう思っているはずなのに…沸き上がるその衝動を、どうしても抑えることが出来ない。







 それから3日後のことだった。

 調査室の者が、俺を訪ねてきたのは。



 やせてひょろひょろしたその男。年齢は、30歳前後と言ったところだろうか。

 いきなり当主である俺の前へと通されて、全身で緊張している様子がうかがえる。

 …その男に色々と問いかけて。

 結局、詳しいことは分からなかった。

 その男がやっていたのは、資料漁り。

 兄さんとはずっと別行動で、兄さんに指示されていた資料を、古くて埃まみれの書庫から探し出す…。

 それだけの役目として連れていかれただけだったと聞いて。
 

 現地に到着してから帰る時まで…ずっと、兄さんとは別行動だったと聞かされて。
 

 …安堵する自分を、確かに感じた…。










 その男と会った後に。

 …玄関先の小部屋で、兄さんの帰りを待ち伏せる。

 兄さんの仕事が終わったことは、あの同行者から確認している。

 今日には、この家へと帰ってくるはずだった。

 この、顔も見れない…同じ家にいるのに、声さえ聴けない…。

 そんな生活には…今日でもう、終止符を打ちたい…。
 






 待ち伏せてから、数時間が経った頃。

 かたん、という小さな音が聞こえた。

 …使用人は出入りの際、必ず裏口を使う。

 訪問客の予定は入っていない。



 兄さんが、玄関口へと上がる気配を感じ…その、隠れていた小部屋から姿を現す。

 っ…、と。…兄さんが息をのむ。

 「…話があるんだ…。今日は本当に…あなたとゆっくり、話がしたい…」

 その白くて細い手首を掴む。

 一瞬、ぐ、と言葉に詰まってから。

 「…後にしろ。疲れてるんだ、先に風呂くらい入らせろ」

 俺の方を見もしないまま、そう答える。

 「じゃあ、俺の部屋で待ってる。…来てくれなかったら…俺の方から、あなたの部屋へ行くから…」

 返事はなかった。

 ぺしん、と手首をつかむ腕をはたかれて…さっさと自室へと戻っていく兄さんを見送る。



 兄さんに言われたとおり…自分の部屋で待ち続ける。

 …言いだした俺の方が…絶対に、兄さんよりも緊張していると思う。

 思っていたほど、兄さんには激しい反応はなかった。

 驚いてはいたけれど…俺を徹底的に拒絶するような…。

 そんな反応ではなかったと…そう、感じた気がする…。







 …とんとん、と扉を叩く軽い音がする。

 思っていたよりも早かった…?

 もっとずっと待たされるだろうと、覚悟をしていたのに。



 「…何の用だ…」

 不機嫌そうな兄さんが、腕を組んだまま扉の傍らで俺を見つめる。

 風呂上がりの上気した肌。

 白い着物を、寝間着として引っ掛けただけの…無防備な姿。

 その姿を見て…俺の頭の中が、真っ白に染まっていく。

 何を…。

 なに…、何を…。

 兄さんと…一体何を話そうとしていたんだろう…俺は…。

 兄さんの顔が見たい…。声を聴きたい…。

 本当に、それだけしか考えていなかったことに…今になって、気がついた。

 「…兄さんの…顔を見て…声を聴きたくて…だから…」

 自分でも驚くほど、声が震えてしまっている。

 「兄さんが、この家に帰ってきてから…。同じ家にいるのに…だから…」

 自分でも支離滅裂だと自覚している。

 …兄さんに見つめられている…それだけで体が震える…。

 「だったらもういいだろ。…用は済んだんだな」

 くるりと踵を返そうとするその腕を…思わず掴む。

 俺を振り返る…紅い瞳と目が合う。

 「どうして…どうして…俺を、避けて…ずっと、避けて…」

 うまく言えない…。

 「兄さんに…会いたいのに…ずっと会えなくて…だから…」

 日本語を…うまく話せなくなる…。

 そうして…俺が固まってしまっているのを見て。

 …ち、という…舌打ちの音が聞こえてくる。

 その、瞬間。
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