「結界師」拍手お礼

□ためらい
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 七郎は、ただそこに立ちつくしていた…。

 目の前には、自分が肉塊にした兄たちの姿。

 もう、助かることはないその姿。

 …すぐにでも、楽にしてやった方がいいのかもしれない…。

 だが…。



 何故だろう。

 絶対に殺してやろうと思っていた。

 ―…六郎兄さんをあんな目に合わせて、それで、この先安穏と生きていけると思うな…。

 なのに今、何故かとどめを刺すことをためらう自分がここにいる。

 何故…?

 六郎兄さんが、悲しむから?

 いや、こいつらを生かしておく方が、六郎兄さんはきっと傷ついてしまう…。

 俺が…悲しむから?

 …悲しまなければならないような記憶など、脳の奥底からさらっても出てくることなどない…。

 ただただ呆然と、肉塊になった兄たちを見つめる。

 断末魔の声を、聞き続ける…。



 …ふ、と山門の方から人の気配を感じる。

 夜行が…到着したか…。


 
 とどめを刺さなければ。

 …それは分かっているのに。



 ―かたん、と風が乾いた音を鳴らす。

 …第八客の、札…。

 それを手に取る。

 くるりと振り返る。

 自分に向かって命乞いの手を伸ばす兄たちから目を背け、堂の外へと舞い飛んでいく。



 …兄さん…。

 

 何故、こんなことになってしまったのか。

 この家に産まれてしまった…それだけが原因だったのだろうか。

 兄たちに疎まれ、憎まれ、ねたまれて…。

 それらすべてを運命で片づけてしまうには、あまりにも残酷だ。



 手にした札を握りしめる。

 兄たちを助ける気はない。

 助かる可能性も、もうないだろう。



 自分は正統後継者だ。

 扇家の歴史を、暗黒を、これからすべて背負っていかねばならない。

 …弱さを見せては、いけない…。



 強く、揺るがず、どっしりと構えて。

 親父の姿を思い出す。



 それと同時に、…弱く、揺るぎやすく、ふらふらとしている…六郎兄さんの存在も。





 …大丈夫だ…。

 俺は狂わない。

 あの人が…そばにいてくれる限り…。

 俺の弱さを、嘆きを、逃避したいと願うその心を。

 …あの人が。

 これからはきっと、あの兄が。

 俺の代わりに担ってくれる。きっと…。



 夜行の頭領が見えてくる。

 …深呼吸を繰り返す。

 俺は、扇家の当主後継だ。

 扇家の、正統な当主となるのだ…。



 癖になってしまっているその笑みを、うっすらと顔に貼りつける。

 札を強く握りしめる。

 …六郎兄さん…。

 俺の分まで…今も部屋で泣いて、苦しんでいるのであろう、六郎兄さん…。

 その、小さな姿を思い出しながら。




 正守さんのもとへ…。

 ふわりと、姿を現していく…。


 

 

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