「結界師」拍手お礼
□「フレッシュ☆」営業中
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「財政が逼迫しているわ」
夜行の構成員の前で、刃鳥はそう宣言する。
「だから、今度のお祭りに。夜行としても参加することにします」
きりりとした顔で、居並ぶ人々に資料を配布する。
「刃鳥…これは?」
「当日の資料です。祭りの会場として、現在廃業中の喫茶店を借りられるよう申請しています」
「副長ー!この『執事喫茶』ってなんですか?」
「文字通り、執事のようにお客様にお仕えする喫茶店ね。掛け声も、「いらっしゃいませ」ではなくて「お帰りなさいませ」、よ。あなたたち、しばらく訓練してなさい」
「だったらメイド喫茶でいいんじゃないですか?女連中でメイド服着て。そっちの方が客呼べるんじゃ…」
「さんせーい!!」
拍手が鳴り響く。
「影宮…。メイド服、着たい…?」
にこりと微笑みながら、刃鳥は閃を睨みつける。
「いや…!俺は男なんで…!!」
「だったら…裏で厨房する?」
「いや…それも…」
「だったら執事喫茶で、あなた達が接客するしかないでしょう?頭領も、それでよろしいですね?」
「まぁ…。そうだね…」
「当日は勿論、頭領も接客ですよ」
「俺も?…俺、接客向いてないしね」
「大丈夫です。当日は裏会関係者を多数お招きしてますから。執事として、忠実に職務をこなしてください」
…ぐっ…。
捩じられたカエルのように…正守の顔が歪んでいく…。
そして迎えた営業日当日。
『フレッシュ☆』という手書きの看板の前で、六郎は軽く小首をかしげる。
『イケメン執事、揃えました!』。
看板には、確かにそう書いてある。
「なぁ七郎…。この『イケメン執事』って…どういう意味だ?」
「多分、誇大広告かな…。竜姫さんとぬらさんは、もう先に来てると思うんだけど」
「お前もしっかり金を落としておけよ」
「はいはい…わかってますよ…」
六郎の傍らで、七郎は軽く肩をすくめる。
この喫茶店の営業収入は、夜行にいる子どもたち…その育成に使われる。
育ち盛りの子どもたち。その子たちのためだけに。
―…まぁ…たくさんお金を使うために、六郎兄さんも、たくさん注文したりするんだろうな…。
その様子を想像する。
―…結局食べきれなくて残して。…俺に食えって言ってきたり…してくれるんだろうな…きっと。
傍らの兄に見つからないよう…そっとほくそ笑む。
「…お帰りなさいませ…」
無愛想な声に迎えられる。
「薫。もっと元気よく、愛想よく!」
横で夜行の構成員らしき男が茶々を入れていく。
「無道さん…」
眉間にしわを寄せながら、行正が戸惑っていく。
「七郎、あそこがあいてる」
六郎が指をさす。
ちょこちょこと先に進む六郎の後を、七郎は滑るようについていく。
「…おい!なんでだよ…!」
「なんでって影宮。ここに書いてあるじゃん?『お絵かきオムライス、1000円』って」
二人が腰を下ろした席の隣では、良守が笑いながら執事姿の構成員を嬲っているようだった。
「だからって、なんで俺が…!」
「いいじゃん。1000円も出すんだし、『良守格好いい』って書いて」
「他のにしたらいいだろ…!」
「俺、今オムライスの気分」
「馬鹿かお前は…!!」
渋々とオムライスを前にして、その構成員がケチャップを手に取る。
―…これだ…!
「すいません、この『お絵かきオムライス』ひとつ!」
「じゃあ…俺はこのホットケーキ」
「…かしこまりました…」
相変わらず無愛想な、行正とか言う構成員が下がっていく。
「あれ、六郎も来てたのか」
隣の席で良守が振り返る。
『良守かっこういい』と書かれたオムライスの写真を撮っていたようだ。
―…オムライスが来たら、俺も写真を撮ろう。
七郎は決意を固める。
「ホットケーキなら、いくらでも俺が焼いてやるのに」
「また今度な。今日は、こいつに金を使わせることが目的だから」
七郎を指さしながら、にやりと六郎が笑う。
「俺も俺も。父さんが、これでたくさん食べておいでって小遣いくれた」
「お前の所の家族は来てないのか」
「さっきまでいたぜ。そんときは俺豚丼食った」
「…それで今度はオムライスか…?」
そう言いながら、六郎は呆れたように良守を見やる。
「育ち盛りだし。俺」
「あぁ…」
「お待たせしました…」
七郎たちのテーブルに、オムライスとホットケーキが届く。
「兄さん来たよ!俺、蜂蜜で絵を描いてあげるね!」
「…いらねぇ…」
「えっなんで!これ、ホットケーキ単品だと500円だけど、お絵かきをプラスしたら800円になるんだよ!?」
「…じゃあ…何か書いてもらうか…」
六郎が傍らに佇んだままの行正を振り返る。
「…誰が書くとは書いてないしねこのメニュー!!兄さんのケーキには俺が書くから、蜂蜜だけ貸してください」
きっぱりと言い切り、七郎が蜂蜜のボトルを手に取る。
そして…。
「…おい、なんだこれ。…たぬきか…?」
「猫だよ!あと、兄さん大好きって書いておいたから!」
「…お前…絵も字も下手だな…」
憐れむような瞳で、六郎が弟を見上げていく…。
「…次は!兄さん書いて!はいケチャップ!!」
「はぁ!?」
「だってここのオムライス、単品700円でお絵かき付1000円だし!!」
「書いて貰えばいいだろ、誰かに言って」
「嫌だ!兄さんが書いてくれたのじゃなきゃ嫌!!」
「…何て書くんだよ…」
「七郎大好きって書いてほしいな」
…きゅ…きゅ…。
無言のまま、六郎がケチャップを逆さまに振る。
「…できたぞ」
「…兄さん酷い…。馬鹿って…馬鹿ってひどい…」
「馬鹿だろお前は。いいから黙って食え」
その様子を見ながら、良守は笑い崩れる。
「七郎、六郎にそれは絶対無理だって」
「…この馬鹿の文字まで達筆なのが、より酷いよね…」
「諦めろ。六郎はそういうやつだろ」
「…お前ら…本人の前で悪口言ってんじゃねぇ…」
「悪口じゃねえって!お前はぶれないよなーって褒めてんの」
笑いながら、良守がそう応じる。
「…あんたたちのとこも大変ねぇ…。財政難だって聞いたわよん」
「…こちらは…小さなお子さんがたくさんいらっしゃるから…」
「ぬらちゃん優しい〜!!ねっねっ!このお絵かきケーキ頼んで、二人で半分こしましょ!ぬらちゃんのには、私がお絵かきしてあげるからぁ☆」
「…では…そのケーキを一つ…」
「…かしこまりました…」
―…さっきからこの二人…、全部半分こ…。
―…お絵かきも何もかも、自分たちでお互いに楽しんでいる。
―…いや、楽しんでいるのは背の高い女性の方だけか…。
―…でも…和服の女性の方も、平然とそれに応じていくよな…。
首をかしげながら…秀は厨房へと、注文を告げに去っていく。
「…こんにちは…」
そんな二人と目があい、六郎が軽く会釈をする。
「はぁい六郎ちゃん!あんたんとこも、しっかり散財しなさいよ〜!」
それだけ言って、竜姫はまたぬらの方へと顔を向けていく。
ボックス席に座っているのに、何故か二人で並ぶその姿。
奥に座るぬらの体を抱え込むようにして、竜姫がその横に陣取っている。
―…俺も…ああやって座ればよかった…。
心の内だけで呟いて、七郎はそっと正面に座る六郎の頭を見つめていく…。
「…ちょっと…!やめてくださいよ無道さん…!!」
奥まった席で、正守は悲鳴をあげる。
「いいじゃないか坊や。そのための店だろう?俺は食べられないからな。こっちで買う」
「…だからって…!ここはおさわりキャバクラじゃないんですよ!?大体何であんた俺に触れるんだ…!」
「まあ、修行の成果かな?今はこれが精いっぱいだよ。坊やのせいでね」
「あんたの自業自得だろ…!だから触るなって!!…脱がすなって…!!」
「まあまあ、固いこと言うなよ坊や」
「いい加減にしろ…!滅するぞ…!!」
来店している弟や、働いている構成員にばれないよう…。
細心の注意を払いながら、正守は面倒な客の接客を続けていく…。
「…兄さん、食後のデザートとお茶は何にする?このお絵かきケーキセットとか、その場で剝いて食べさせてくれるあんまんピザまん肉まんとか!!」
「…一番高いの…」
「すいません!この『びっくりビックパフェ』一つと、『バケツで☆桃のジュース』ください!!」
「え…量がかなり多いぜそれ…。試食っつか、メニュー作成俺手伝ったから知ってるけど」
横から良守が、心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫!どっちも二人で食べますから…!!」
良守の茶々には目もくれず、七郎はその「一番高い」二つを注文する。
…どんっ…!!
乱暴に置かれたわけでもないのに、自然とその重みで激しい音がたてられていく。
そんな巨大なパフェと、まさに文字通りバケツに入ったようなジュースを見て、六郎が声を失う。
そそくさとそんな六郎の隣に席を移動し、七郎はその小さな躰を腕の中にくるみこんでいく。
「兄さんのご希望通り、一番高いメニューがこれだから。はい、これ兄さんのスプーン。兄さんストローはピンクにする?青にする?」
目の前に置かれたジュースは一つ。その巨大なグラスには、ストローが二本刺さっている。
「はい兄さん、あーん…」
自分のスプーンにのせたアイスクリームを、七郎は満面の笑みで差し出していく。
固まったままの六郎の肩を抱きながら、その小さな唇に、七郎は無理矢理そのスプーンを挿し込んでいく…。
しばらくそうして、固まったままの六郎の口の中に、次々とアイスやフルーツを押し込んでいくと。
ふるふると六郎が首を振る。
「…もういい…。いらねぇ…」
「見てるだけでお腹いっぱいだと思ってるだけだよ。だから大丈夫!はい兄さん、こっちも食べて?」
「…取り皿とスプーンを一つ…」
六郎は、傍らを通り過ぎる影宮を捕まえる。
「こちらです…」
すっと渡されたその皿の上に、六郎はパフェの中味を次々と盛り付けていく。
「兄さん!?一緒に食べようよ!!」
「俺はもういらねぇ…。ほら、お前食えよ」
ひょいっと。六郎が、隣席に腰かけている良守にそれを手渡す。
「え?まじで俺も貰っちゃっていいの?」
「どうせこいつ一人じゃ食いきれねぇ…」
「兄さん!?一緒に食べるんだよ…!このパフェ、兄さんと俺で食べるんだよ…!」
「まだジュースもあるんだろ…。いいからこれはお前が食え」
「サンキュー!ちょうどデザート食いてぇって思ってたとこ!」
「…よく入るよな」
「育ち盛りだからなっ!!」
笑いながら、良守は差し出されたパフェを受け取っていく。
「…このジュースだけでも多いな…」
そう言いながら、六郎がストローを咥えて吸い付いていく。
すかさず七郎も、もう一本のストローを咥えていく。
自分の腕の中にくるみこまれながらジュースを飲んでいる、その六郎の必死な顔に…満面の笑顔を向けながら…。
「さて、と。売り上げ目標、クリア出来たわ。みんなご苦労様」
ぱちぱちぱち。
刃鳥のその声に、拍手が沸き起こる。
「次回の執事喫茶は、来月の15日!引き続きみんな頑張って頂戴!」
「えっ!?今回だけじゃないんですか!?」
「評判が良かったらしくて、商店街から是非って言われたの。今後も定期的にやっていくから、財政のために頑張りましょう!」
にこやかに言って刃鳥が退室する。
正守が頭を抱えていることには、気付きもしないままで…。