「結界師」拍手お礼

□「フレッシュ☆」営業中
1ページ/1ページ




 「財政が逼迫しているわ」

 夜行の構成員の前で、刃鳥はそう宣言する。

 「だから、今度のお祭りに。夜行としても参加することにします」

 きりりとした顔で、居並ぶ人々に資料を配布する。

 「刃鳥…これは?」

 「当日の資料です。祭りの会場として、現在廃業中の喫茶店を借りられるよう申請しています」

 「副長ー!この『執事喫茶』ってなんですか?」

 「文字通り、執事のようにお客様にお仕えする喫茶店ね。掛け声も、「いらっしゃいませ」ではなくて「お帰りなさいませ」、よ。あなたたち、しばらく訓練してなさい」

 「だったらメイド喫茶でいいんじゃないですか?女連中でメイド服着て。そっちの方が客呼べるんじゃ…」

 「さんせーい!!」

 拍手が鳴り響く。

 「影宮…。メイド服、着たい…?」

 にこりと微笑みながら、刃鳥は閃を睨みつける。

 「いや…!俺は男なんで…!!」

 「だったら…裏で厨房する?」

 「いや…それも…」
 

 「だったら執事喫茶で、あなた達が接客するしかないでしょう?頭領も、それでよろしいですね?」

 「まぁ…。そうだね…」

 「当日は勿論、頭領も接客ですよ」

 「俺も?…俺、接客向いてないしね」

 「大丈夫です。当日は裏会関係者を多数お招きしてますから。執事として、忠実に職務をこなしてください」

 …ぐっ…。

 捩じられたカエルのように…正守の顔が歪んでいく…。





 そして迎えた営業日当日。

 『フレッシュ☆』という手書きの看板の前で、六郎は軽く小首をかしげる。

 『イケメン執事、揃えました!』。

 看板には、確かにそう書いてある。

 「なぁ七郎…。この『イケメン執事』って…どういう意味だ?」

 「多分、誇大広告かな…。竜姫さんとぬらさんは、もう先に来てると思うんだけど」

 「お前もしっかり金を落としておけよ」

 「はいはい…わかってますよ…」

 六郎の傍らで、七郎は軽く肩をすくめる。

 この喫茶店の営業収入は、夜行にいる子どもたち…その育成に使われる。

 育ち盛りの子どもたち。その子たちのためだけに。

 ―…まぁ…たくさんお金を使うために、六郎兄さんも、たくさん注文したりするんだろうな…。

 その様子を想像する。

 ―…結局食べきれなくて残して。…俺に食えって言ってきたり…してくれるんだろうな…きっと。

 傍らの兄に見つからないよう…そっとほくそ笑む。





 「…お帰りなさいませ…」

 無愛想な声に迎えられる。

 「薫。もっと元気よく、愛想よく!」

 横で夜行の構成員らしき男が茶々を入れていく。

 「無道さん…」

 眉間にしわを寄せながら、行正が戸惑っていく。



 「七郎、あそこがあいてる」

 六郎が指をさす。

 ちょこちょこと先に進む六郎の後を、七郎は滑るようについていく。

 

 「…おい!なんでだよ…!」

 「なんでって影宮。ここに書いてあるじゃん?『お絵かきオムライス、1000円』って」

 二人が腰を下ろした席の隣では、良守が笑いながら執事姿の構成員を嬲っているようだった。

 「だからって、なんで俺が…!」

 「いいじゃん。1000円も出すんだし、『良守格好いい』って書いて」

 「他のにしたらいいだろ…!」

 「俺、今オムライスの気分」

 「馬鹿かお前は…!!」

 渋々とオムライスを前にして、その構成員がケチャップを手に取る。

 ―…これだ…!

 

 「すいません、この『お絵かきオムライス』ひとつ!」

 「じゃあ…俺はこのホットケーキ」

 「…かしこまりました…」

 相変わらず無愛想な、行正とか言う構成員が下がっていく。



 「あれ、六郎も来てたのか」

 隣の席で良守が振り返る。

 『良守かっこういい』と書かれたオムライスの写真を撮っていたようだ。

 ―…オムライスが来たら、俺も写真を撮ろう。

 七郎は決意を固める。

 「ホットケーキなら、いくらでも俺が焼いてやるのに」

 「また今度な。今日は、こいつに金を使わせることが目的だから」

 七郎を指さしながら、にやりと六郎が笑う。

 「俺も俺も。父さんが、これでたくさん食べておいでって小遣いくれた」

 「お前の所の家族は来てないのか」

 「さっきまでいたぜ。そんときは俺豚丼食った」

 「…それで今度はオムライスか…?」

 そう言いながら、六郎は呆れたように良守を見やる。

 「育ち盛りだし。俺」

 「あぁ…」



 「お待たせしました…」

 七郎たちのテーブルに、オムライスとホットケーキが届く。

 「兄さん来たよ!俺、蜂蜜で絵を描いてあげるね!」

 「…いらねぇ…」

 「えっなんで!これ、ホットケーキ単品だと500円だけど、お絵かきをプラスしたら800円になるんだよ!?」

 「…じゃあ…何か書いてもらうか…」

 六郎が傍らに佇んだままの行正を振り返る。

 「…誰が書くとは書いてないしねこのメニュー!!兄さんのケーキには俺が書くから、蜂蜜だけ貸してください」

 きっぱりと言い切り、七郎が蜂蜜のボトルを手に取る。

 そして…。

 「…おい、なんだこれ。…たぬきか…?」

 「猫だよ!あと、兄さん大好きって書いておいたから!」

 「…お前…絵も字も下手だな…」

 憐れむような瞳で、六郎が弟を見上げていく…。

 「…次は!兄さん書いて!はいケチャップ!!」

 「はぁ!?」

 「だってここのオムライス、単品700円でお絵かき付1000円だし!!」

 「書いて貰えばいいだろ、誰かに言って」

 「嫌だ!兄さんが書いてくれたのじゃなきゃ嫌!!」

 「…何て書くんだよ…」

 「七郎大好きって書いてほしいな」

 …きゅ…きゅ…。

 無言のまま、六郎がケチャップを逆さまに振る。

 「…できたぞ」

 「…兄さん酷い…。馬鹿って…馬鹿ってひどい…」

 「馬鹿だろお前は。いいから黙って食え」



 その様子を見ながら、良守は笑い崩れる。

 「七郎、六郎にそれは絶対無理だって」

 「…この馬鹿の文字まで達筆なのが、より酷いよね…」

 「諦めろ。六郎はそういうやつだろ」

 「…お前ら…本人の前で悪口言ってんじゃねぇ…」

 「悪口じゃねえって!お前はぶれないよなーって褒めてんの」

 笑いながら、良守がそう応じる。



 

 「…あんたたちのとこも大変ねぇ…。財政難だって聞いたわよん」

 「…こちらは…小さなお子さんがたくさんいらっしゃるから…」

 「ぬらちゃん優しい〜!!ねっねっ!このお絵かきケーキ頼んで、二人で半分こしましょ!ぬらちゃんのには、私がお絵かきしてあげるからぁ☆」

 「…では…そのケーキを一つ…」

 「…かしこまりました…」



 ―…さっきからこの二人…、全部半分こ…。

 ―…お絵かきも何もかも、自分たちでお互いに楽しんでいる。

 ―…いや、楽しんでいるのは背の高い女性の方だけか…。

 ―…でも…和服の女性の方も、平然とそれに応じていくよな…。

 首をかしげながら…秀は厨房へと、注文を告げに去っていく。

 

 「…こんにちは…」

 そんな二人と目があい、六郎が軽く会釈をする。

 「はぁい六郎ちゃん!あんたんとこも、しっかり散財しなさいよ〜!」

 それだけ言って、竜姫はまたぬらの方へと顔を向けていく。

 ボックス席に座っているのに、何故か二人で並ぶその姿。

 奥に座るぬらの体を抱え込むようにして、竜姫がその横に陣取っている。



 ―…俺も…ああやって座ればよかった…。

 心の内だけで呟いて、七郎はそっと正面に座る六郎の頭を見つめていく…。





 「…ちょっと…!やめてくださいよ無道さん…!!」
 

 奥まった席で、正守は悲鳴をあげる。

 「いいじゃないか坊や。そのための店だろう?俺は食べられないからな。こっちで買う」

 「…だからって…!ここはおさわりキャバクラじゃないんですよ!?大体何であんた俺に触れるんだ…!」

 「まあ、修行の成果かな?今はこれが精いっぱいだよ。坊やのせいでね」

 「あんたの自業自得だろ…!だから触るなって!!…脱がすなって…!!」

 「まあまあ、固いこと言うなよ坊や」

 「いい加減にしろ…!滅するぞ…!!」

 来店している弟や、働いている構成員にばれないよう…。

 細心の注意を払いながら、正守は面倒な客の接客を続けていく…。





 「…兄さん、食後のデザートとお茶は何にする?このお絵かきケーキセットとか、その場で剝いて食べさせてくれるあんまんピザまん肉まんとか!!」

 「…一番高いの…」

 「すいません!この『びっくりビックパフェ』一つと、『バケツで☆桃のジュース』ください!!」

 「え…量がかなり多いぜそれ…。試食っつか、メニュー作成俺手伝ったから知ってるけど」

 横から良守が、心配そうに話しかけてくる。

 「大丈夫!どっちも二人で食べますから…!!」

 良守の茶々には目もくれず、七郎はその「一番高い」二つを注文する。



 …どんっ…!!

 乱暴に置かれたわけでもないのに、自然とその重みで激しい音がたてられていく。

 そんな巨大なパフェと、まさに文字通りバケツに入ったようなジュースを見て、六郎が声を失う。

 そそくさとそんな六郎の隣に席を移動し、七郎はその小さな躰を腕の中にくるみこんでいく。

 「兄さんのご希望通り、一番高いメニューがこれだから。はい、これ兄さんのスプーン。兄さんストローはピンクにする?青にする?」

 目の前に置かれたジュースは一つ。その巨大なグラスには、ストローが二本刺さっている。

 「はい兄さん、あーん…」

 自分のスプーンにのせたアイスクリームを、七郎は満面の笑みで差し出していく。

 固まったままの六郎の肩を抱きながら、その小さな唇に、七郎は無理矢理そのスプーンを挿し込んでいく…。
 


 しばらくそうして、固まったままの六郎の口の中に、次々とアイスやフルーツを押し込んでいくと。

 ふるふると六郎が首を振る。

 「…もういい…。いらねぇ…」

 「見てるだけでお腹いっぱいだと思ってるだけだよ。だから大丈夫!はい兄さん、こっちも食べて?」

 「…取り皿とスプーンを一つ…」

 六郎は、傍らを通り過ぎる影宮を捕まえる。

 「こちらです…」

 すっと渡されたその皿の上に、六郎はパフェの中味を次々と盛り付けていく。

 「兄さん!?一緒に食べようよ!!」

 「俺はもういらねぇ…。ほら、お前食えよ」

 ひょいっと。六郎が、隣席に腰かけている良守にそれを手渡す。

 「え?まじで俺も貰っちゃっていいの?」

 「どうせこいつ一人じゃ食いきれねぇ…」

 「兄さん!?一緒に食べるんだよ…!このパフェ、兄さんと俺で食べるんだよ…!」

 「まだジュースもあるんだろ…。いいからこれはお前が食え」

 「サンキュー!ちょうどデザート食いてぇって思ってたとこ!」

 「…よく入るよな」

 「育ち盛りだからなっ!!」

 笑いながら、良守は差し出されたパフェを受け取っていく。



 「…このジュースだけでも多いな…」

 そう言いながら、六郎がストローを咥えて吸い付いていく。

 すかさず七郎も、もう一本のストローを咥えていく。

 自分の腕の中にくるみこまれながらジュースを飲んでいる、その六郎の必死な顔に…満面の笑顔を向けながら…。





 「さて、と。売り上げ目標、クリア出来たわ。みんなご苦労様」

 ぱちぱちぱち。

 刃鳥のその声に、拍手が沸き起こる。

 「次回の執事喫茶は、来月の15日!引き続きみんな頑張って頂戴!」

 「えっ!?今回だけじゃないんですか!?」

 「評判が良かったらしくて、商店街から是非って言われたの。今後も定期的にやっていくから、財政のために頑張りましょう!」

 にこやかに言って刃鳥が退室する。

 正守が頭を抱えていることには、気付きもしないままで…。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ