「結界師」拍手お礼

□俺の彼女(希望)と幼馴染(年上)が修羅場なんだが。
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 「六郎様!もうちょっと坊ちゃんのことをお考えください!!」

 「うるせえ!何が坊ちゃんだ、こいつはもうこんなに大きいだろうが!」

 「体が大きくなられても、坊ちゃんの心は繊細なままなんですよ!」

 「どこがだ!図太くて我侭でふてぶてしいだけだろ!」

 「六郎様!!」



 居間に入るなり。

 何故か…。

 兄さんと紫島が喧嘩をしている。



 「な…何してる!…紫島!兄さんに一体何を…!」

 紫島は俺の使用人。

 兄さんは…俺の兄さんだ。

 いくら紫島でも、これは見逃せない。

 「そもそも坊ちゃんが…!」

 いきなり矛先が自分に向けられる。

 「六郎様が冷たいから傷ついたと言って、お仕事をさぼったりなさるからでしょう…!」

 紫島がくいっと眼鏡を持ちあげる。



 「お前が俺を言い訳なんかに使うから…!俺までとばっちりじゃねぇか!」

 兄さんまで。俺に向かって怒鳴ってみせる。

 「…だって…!兄さんが…!」

 「だってじゃねぇよ!いくつだお前!」

 「18ですー!だからまだ子どもなんですー!」

 膨れてみせる。

 いつも兄さんは俺に冷たい。

 
 良守だとか夜行の子どもだとかには、あんなに甘い顔をしてみせるくせに。

 頬を膨らませて横を向く。

 …俺は悪くない。ちっとも俺に優しくしてくれない兄さんが悪い。

 紫島がもっとやる気を、というたびに。

 ―…兄さんが構ってくれないからやる気でない。

 確かにそう答えてきた。

 つまり。

 兄さんがもっと俺に優しくなってくれたらいいのに!そうしたら俺はもっともっと頑張れるのに!っていう意味だ。


 
 「…六郎様。後生ですから坊ちゃんに、たまにはねぎらいの言葉をかけて差しあげてください」

 「断る」

 「…六郎様…!」

 「俺がどうとか甘やかすな。要はこいつがちゃんと仕事をすればいいだけだろ」

 「…モチベーションの問題です!」

 「しるか。言い聞かせろ。そのための世話係だろ」

 「…僭越ながら申しあげますが…!あなた様がここを出て行かれてからの坊ちゃまは…!」

 「いつの話だ」

 「…おとぼけにならないでください!」
 

 「うるせぇ」

 「六郎様!本当に、見ている方が辛くなるほど憔悴なさっていたのですよ…!?」

 「知らねえって言ってるだろ!」



 「兄さん…!」

 …どうしよう。

 どっちの味方をするべきなんだこれ。

 もちろん俺はいつだって兄さんの味方だ。

 でも今、兄さんに味方をしたら…。

 兄さんは相変わらず、俺に対して冷たいまま…?

 逡巡を繰り返す。

 紫島が、そんな俺をちらりと見る。

 「…六郎様。場所を変えましょう」

 「なんのために」

 「坊ちゃまの前でするような話ではありません」

 「知るか」

 「…六郎様、確か以前『神亀の純米真穂人、上槽中汲み生原酒』。飲んでみたいとおっしゃっていらっしゃいましたよね?」

 「え…?」

 「お読みになられていた小説に出てこられたとか。…紫島はそう記憶しております」

 「………」

 「…差し出がましいとは思いながら、入手させていただきました。…もちろん、くだんの『塩せんべい』もご用意しております」

 黙り込む兄さんを見て、紫島がまた眼鏡をくいっと持ち上げる。
 

 「僭越ながら…ご相伴あずかりますよ…?お一人では飲み干せないから勿体ないと…そうおっしゃっていらしたかと」

 「…あるのか…」

 「ええ。…今朝方取り寄せました。もちろん宅配などではございません。…これからお味見なさいませんか?」

 兄さんの紅い瞳がくらりと揺れる。

 「…そうだな…。せっかくだしな…」

 「…ちょ…!ちょっと待った…!!」

 なんで…なんで紫島が兄さんと二人で酒を!?

 「俺も行く…!」

 「坊ちゃま、それでは意味がございません」

 「お前は未成年の子どもなんだろ。引っ込んでろよ」

 冷たい視線にさらされる。

 「…では六郎様、あちらにご用意しております」

 
 「楽しみだな。あれはちょっと気になっていたんだ」

 「なんなりとお申し付けくださいませ。…伝手はいくらにでも」

 「頼もしいな」

 「え…ちょ…まって…?」

 俺を置いてきぼりにしたまま…兄さんが紫島と扉の向こうへ消えていく。





 …とすん…。

 ソファの上に崩れ落ちて初めて、俺は居間に入ってから今までずっと、自分が立ちっぱなしだったことに気がついた。

 紫島と兄さんの話し合い…。

 それで兄さんが…俺にもっと優しくなってくれたりするのだろうか。

 ソファの上に転がっているクッションを抱きしめる。

 さっきまで、兄さんが背もたれとして使っていたクッション。

 気のせいなんだろうけど、微かに兄さんの匂いがするような気がする。

 …なんとなく…。

 そのまま、兄さんと紫島が帰って来るのを待ちわびる…。





 そわそわしながら待っていると、…扉の向こうから、兄さんと紫島の話し声が。

 「…兄さん…!!」

 居間の扉を開けて迎え入れる。

 驚いている兄さんと紫島を中へ誘う。

 …どんな話になったんだろう。

 兄さんは、俺に対して少しは優しくなってくれるのだろうか。

 見やる視線の先では、兄さんが笑っている。

 …紫島。やっぱり俺の、一番の部下。

 



 「だからな、やっぱり塩なんだよ」

 「ですから六郎様。味噌もお忘れなく」

 ………?…何の話だろう??

 「お前も食べただろ、あの塩せんべい。だから神亀には塩が合うんだよ」

 「味噌もお召しあがりになられたでしょう?あのふくよかな味わい…、味噌もあなどれません」
 

 「俺は塩だな。あっさりしているが酒の味を引き立てる」

 「でしたら、今度は『別誂 大吟醸 浦霞』はいかがです?」

 「浦霞?」

 「宮城の銘酒です」
 

 「…それは味噌が合うのか」

 「祖母がいつもそうして飲んでおりました」

 「そうか…。じゃあ、今度試してみるか」

 「では、またご用意しておきましょう」



 恭しくお辞儀をする紫島を睨む。

 「…俺の話をするんじゃなかったのか、お前…」

 「あぁ坊ちゃん…。あまりお兄様を困らせたりしては駄目ですよ」

 「そうだぞ七郎。お前がそんなのじゃ、仕えてくれている人間にも悪いだろ」

 「さすが六郎様。苦労をご理解いただけるだけで私どもは嬉しゅうございます」

 「まぁ…、見てればな…。こいつの下で相当苦労しているのは分かる」

 「では、『浦霞』。ご用意出来次第、庭の東屋に用意させましょう」
 

 「花見酒か」

 「お好きですか」

 「嫌いじゃない」

 「では、私はこれで」

 「あぁ。俺も出よう。ほどよく酔ったから覚まさないとな」



 俺を置いて部屋を出て行く兄さんと紫島を見送る。

 …一人残された俺には、言葉もない。

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