「結界師」拍手お礼

□春爛漫
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 部屋に戻ると、窓際に一輪挿しが飾ってあった。

 そう言えば、この山でももうつつじが咲いていたんだな、と思い出す。

 …周りが山だから。

 庭も広いから。

 この家の周りは、これからの季節になると色とりどりの花が咲き乱れていくのだ。

 ―…ふぅん…。

 なんとはなしにその一輪挿しを見つめる。

 そう言えば、昔からよく七郎はこうして自分に花を摘んできていた。
 

 泥だらけになってあちらこちらの山で遊びまわっては、帰ってきた時に萎れてぐちゃぐちゃになった花を持っていて。

 「…はい兄さん、お土産!」

 そう言って、満面の笑みで笑うのが常だった。

 ―…女じゃあるまいし。

 そもそもこんな家だ、山の上をちょっと飛んでいたら、いくらにでも目に付く程度の花々たち。

 わざわざそれを摘んできて自分に手渡す七郎の心理が今ひとつわからなかったが、とにかく嬉しそうに渡してくるので。

 その笑みにつられて思わず、ありがとう、風呂に入って汚れを落としてこいよ、と…。

 受け取る破目になっていたのだ…。

 受け取ったからには、さすがにそのままごみ箱へ直行させるわけにはいかない。

 仕方ないから使用人に命じて、花入れに活けさせてしばらく部屋に飾っていた。

 そうすると、部屋に遊びに来るたびに七郎が。

 本当に嬉しそうに、にこにこと笑っていくのだ…。



 また…こうした光景を見るとは思わなかった。

 あのとき。兄たちについて家を出た時。

 …七郎とは、もう会わなくなるのだろうと…確かにそう覚悟を決めていた。

 なのに。

 そんな自分の行動など、何もなかったかのように。



 この家に帰ってきてから、七郎はまた昔の七郎のように振る舞ってきている。

 自分にまとわりついて、兄さん兄さんとじゃれてみせる。

 図体はあれだけでかくなっているくせに、昔と変わらず伸し掛かってきたり抱きついてきたり。

 本当に、ちっとも成長していない…。

 ―…もう子どもじゃないんだから…。こういうのは女相手にしたらいいのにな…。

 そうは思うながらも、昔とちっとも変わらない、そんな弟の性質を感じて。

 ついつい…微笑ましく感じて笑ってしまう。



 



 兄さんの部屋に、やまつつじの花を活けてきた。

 一応こういう家の跡取りとして、長年ある程度の教育を施されている。

 生け花だってお茶だって舞踊だって。

 一通り身についているのだ。

 兄さん自身も、色々と習ってはいたようだけれども。

 …あの兄たちと一緒に家を出てからは、引き続きの修練というものは特段していなかったようだ。

 まあ…実際、生け花もお茶も…今でも充分対応できるだけの能力が、兄さんにはもう備わっている。

 俺は、分家や一族関係の様々な付き合いがあるから、今でも時々は先生について勉強している。

 お茶の席に招かれることもあるし、その際には活けてある花についても語らなければならなくなる。

 だけど、ただおしゃべりや駆け引きをするだけのそんな場所に。

 兄さんを差し出すつもりは、今の俺には全くない。

 …最低限の、親族会議だけ…。

 それだけ出てくれたら、あとはもう誰にも会わせないように、俺の手元で囲い込んでいたい…。

 ベッドの上で寝返りを打つ。

 いけないいけない…。

 最近はこうして、兄さんを囲い込んで自分のものにする妄想に襲われることがしばしばある。

 余り妄想しすぎて…、実践してしまいたくなったりしたら…俺が困る…。



 …修練についてもう一度考える。

 俺たち兄弟が、人前で披露しないことを前提で習っていたものと言えば舞踊くらいか。

 神社での奉納演武。奉納舞踊。

 …前の土地神に奉納する、そのためだけの。

 嗜みとしていまだに身についているままのそれらの技術は、今となっては披露する相手がいない。

 …今の土地神は、騒々しいのを嫌う。

 静かにそっと寝かせておいてほしい。

 どうやら、それだけがお望みのようだ。



 …奉納舞踊で思い出す。

 その当時のこの神社は、夜間女人禁制。

 つまり、土地神が起きている間は女の立ち入りを許さなかった。

 …その、土地神に奉納するためだけの舞踊だから。

 当然、舞い手は全員男。

 失礼のないようにとのことで、俺が幼くてまだ踊れない頃は、上の兄たちが舞を奉納していた。

 俺が産まれた頃には、もっと上の兄たちは皆家を出ていたから。

 …残っていたのは、五郎兄さんと…そして六郎兄さんだけ…。

 

 五郎兄さんが何をしていたかは覚えていない。

 正直興味もない。

 だけど。

 …あの、六郎兄さんの舞だけは。

 

 絵本で読んでもらったりしていた天女様だって、あんなに綺麗だったりはしなかった。

 きっと、五郎兄さんが嫌がったからだろうけど。

 …巫女の。巫女舞。

 紅い袴をはいて。

 軽やかな鈴の音を…辺りにしゃんしゃん…そう響かせていた。

 凛とした背中。

 華奢な躰つき。

 手指の先まですべてに、全神経を研ぎ澄ませて。

 ほんのりと化粧まで施された小さな白い顔。

 その…紅い紅い唇が…とても扇情的だったことを…今でもずっと覚えている。

 
 
 ―…兄さんに対するこの気持ちが恋だと自覚したのは…あの頃だったかな…。

 ベッドの上で笑み崩れる。
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