リリカルなのは×ロスカラ 改訂前
□四・五話 前編 男なら自分が言った言葉の責任を取りましょう
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三段突き———かつて奇跡の藤堂と呼ばれ、機動力で劣る戦車部隊でブリタニア軍のナイトメア部隊に苦汁を舐めさせた武人の技。
ナイトメア戦においても完全に防げる人間はエースパイロットクラスだと言われているその技の再限度はせいぜい6割。
だけどこれなら勝てる。そう確信していたのだが————
「な、にぃ!」
「これはさすがの私でも危なかったぞ、だがまだ甘い」
体勢を崩した状態から木刀を使い突きの軌道を逸らされた。
焼け石に水とも思われるその行為を成功させるのに一体どれだけの技量が必要か想像もつかない。
ただ一つだけ分かるのは今の本命を無効化された僕が圧倒的に不利な立ち位置にあるという事。
「これで終わりだ!!」
振り下ろされる木刀は吸い込まれるように鳩尾へと叩き込まれる。
「ごふっ!!」
改造によって強化された反射神経や筋肉でも避け切れず、肺からは一切合財の空気が絞り出される。
一瞬、視界が真っ白に染まった。
「あれ?負けたのか」
気が付けば視界に入るのは段々と白み始めた空。
霜が降りて白くなっている芝生の感触が火照った肌に気持ち良い。
「す、すまない。立てるか?ランペルージ」
「え、ええ。なん、とか」
慌てたような表情でシグナムさんが手を差し出してくる。
一人では立ち上がれそうにないのでその手を掴んでなんとか立ちあがる事に成功する。
「急所は外すつもりだったんだが……」
「僕が無理に回避しようとしたのが悪いんです、気にしないでください」
むしろ急所を外すつもりだったと言われてショックを受けたのは僕だ。
(自惚れるつもりじゃないけど、それでも剣術では張り合える自信があったんだけどな)
正直ここまで実力差があるとは思わなかった、というか男としては非常に情けない。
「だが、先ほどの三連撃は私でもしのぎ切るのがやっとだったぞ」
「はは、あれだけ強烈なカウンターを喰らわされたんです冗談でしょう?」
「いや、本当なのだがな。それより体の方は大丈夫か?」
「頭も打ってませんし、この程度なら少し休憩すれば全快です」
「そうか、それは良かった」
安心したように胸をなでおろすシグナムさん。しかし、少し様子がおかしいような気がする。
どことなく視線が定まらないというか、挙動不審というか、俯いている姿が妙にしおらしい……
「ところで、ランペルージ。このような事をしておいて私から頼むのは少々不躾な気がするのだがな、その……」
「なんです?僕に出来る事なら何でもしますよ」
「本当か?お前に迷惑をかける事になるぞ?」
「ええ、なんでもおっしゃってください」
「ありがとう、それでだな頼みたい事と言うのはだな……」
「はい」
俯いていた顔を上げたシグナムさんの顔は晴れやかだ。
しかし、その直後僕は後悔することになる。
「もう一度、私と全力で稽古をして欲しいんだ」
「………はい?」
「やはり私の剣の腕もまだまだだと今の稽古で悟った。だが、己の技を磨くのに付き合わされるのは迷惑じゃないかと心配だったのだ。
礼を言うぞ、ランペルージ」
「いや、ちょっと待」
「戦場で敵は待ってくれんぞ!!」
〈ああ、不憫ですライ様。ですが不肖ながらこの月下その勇姿を最後まで録画し続けます〉
「いや、ここは止めるべきだと思うのだがな……」
月下とザフィーラの会話が聞こえてきた気がするけど、正直そちらに気を向ける余裕なんて全く無かった。
早朝の澄んだ空気を切り裂き飛来する太刀筋はそのどれもが一瞬気を抜いただけで怪我をしかねないほど鋭く重い。
口は災いの元、昔そう母上が言っていたのを思い出しました。
少女———八神はやての朝は割と早い。
八神家の朝食を作る必要があるのだから当たり前なのだが、今日は普段より半刻ほど早く目が覚めた。
カンッ!カンッ!カンッ!ドスッ!バタリ……
木がぶつかり合うような甲高い音と何かが倒れるような鈍い音。
それが先ほどから一定のペースで繰り返されているのだから気になって起きてしまうのも無理は無いだろう。
「ふわぁ……んん、何の音や?」
半分ほどしか開いていない瞼を眠そうに擦りながらも寝室を見渡すが、隣で幸せそうにぬいぐるみを抱えて眠っているヴィータ以外に人は見当たらない。
「ドロボウさんやろか?」
ふとそんな事を呟くがそもそも泥棒ならこんな音は立てないし、ザフィーラかシグナム辺りが見つけて泥棒は叩きのめされるのがオチな気がする。
「あ、そうや。朝ごはん作らなあかん」
とりあえず半覚醒の状態でも体が覚えているらしく、普段通りの活動をしようとする辺りが流石と言えるだろう。
隣で寝ているヴィータを起こさないように着替えてはやては一階へ向かうのだった。
—————八神家リビング—————
「あ、ザフィーラに闇の書。おはようさん、今日も早いんやね」
「おはようございます、主はやて」
〈おはようございます。はやて様〉
「ほえっ?ええと、どちらさんでしょうか?」
突然聞こえてきた女性の声にキョトンとするはやて。
彼女がリビングに入ってまず視界に入ったのは窓際に座って何かを眺めているザフィーラと闇の書の姿。
何を見ているのか気になってザフィーラの横に置かれていた月下に気付けなかったのだ。
〈初めまして、私は月下先行試作機と申します。ライ様のデバイスです以後お見知りおきを〉
「こちらこそよろしくお願いします。私は八神はやて言います」
中心に埋め込まれた宝石が点滅するペンダントに対してはやては行儀よく頭を下げる。
なかなかシュールな光景なわけだが、それをすんなりと受け入れる主の順応力に対しては相変わらず驚くしかない———
そう内心で思うザフィーラだったが、元来口数が多い方ではない方なので声には出さなかった。
「ああ、ところでさっきから聞こえるこの音はなんなんや?」
「それは“あれ”が原因でしょう」
それだけ呟くとザフィーラは前足を八神家の庭へ向ける。
そこで繰り広げられているのはハリウッド映画さながらの剣劇。
木刀が風を切り、一瞬だけ触れ合うように交差してまた離れる。
そんな動作が何度も繰り返し行われているのだ。
「シグナムとライくんやないか。なんでチャンバラなんかしてるんや?」
「腕の立つ者を見ると挑みたくなる、シグナムの悪い癖です」
「ああ、なるほど。シグナムそういうん好きやからな〜。だから剣道場のお手伝いしてるわけやし」
〈ですが、さすがにこれを三十分も続けるのは好きとかいう次元の話ではないと判断します〉
「ええっ!!そんなに続けとったんか!?」
この手の話にそう詳しくないはやてでもそれはさすがにマズイ事くらいは分かる。
いつものジャージを着ているシグナムと、昨日買った黒いインナーを着用したライ。
何度も地面に倒れたのか、ライの服は所々に黒い泥や芝がこびり付いているのが見て取れる。
はやてが起きてくる前からずっとこの常人離れした稽古(という名の戦い)を続けていたのだとしたら、二人ともかなり冷えているのだろう。
「シグナム—!ライくーん!そろそろ辞めにせんと風邪引くで—!」
声を掛けられて初めて気付いたとでもいう風に稽古を中断したライとシグナムは声の主へ顔を向ける。
「おはようございます、主はやて。もしかして五月蠅かったですか?」
「ううん、そんなこと無いよ。むしろ早起きできて三文の得や」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって穏やかな表情になったシグナムは軽くはやてと朝のあいさつを交わす。
「お、おはよう、はやて。ゴメン、今すぐ朝食の準備手伝うから……」
「いやいや、ライくんは休んだ方がええって。唇も真っ青やよ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
僅かに汗をかいているシグナムに対し、ライは身体の動きがとてもぎこちないというか強張っている。
そう、まるで何度も木刀で叩かれたかのように————
「二人とも、汗かいて体も冷えたやろうからシャワー浴びた方がええんとちゃう?
なんならお湯張ってお風呂に入ってもええよ」
「それではお言葉に甘させて頂きます。おい、ランペルージ先に入ってもいいぞ」
「え?いや、僕は後でも構いませんよ。シグナムさんお風呂好きなんでしょう?」
「いいから先に入れ!」
「は、はあ?」
何故怒鳴られてのか分からないという表情をライはしていたが、これといって断る理由も無いので風呂場に向かって行った。
シグナムのことをそれなりに知る者からしたらこれは驚くに値する事なのだ。
「じゃあシグナムはライ君がお風呂行ってる間に朝ごはん作る手伝いしてくれへん?
野菜切るだけでええから」
「はい、分かりました」
「ザフィーラはヴィータとシャマル起こして来てなー」
「お任せ下さい我が主」
————その直後、シグナムとザフィーラの念話—————
『風呂好きなお前にしては珍しいな』
『む、まあ、少し熱くなり過ぎたと私なりに反省しているのだ。自制を己に課せないなどまだまだ私も未熟だ』
『だがお前が彼を気にするのも分からなくもないがな、あの戦い方は独特だ』
『ああ、騎士の様に正々堂々とした戦いをしてくると思ったら時折暗殺者のような……いや違う、勝つためにより合理的な戦い方をしている、と言った方が良いな。とにかく変則的で次の手が読めんのだ、ランペルージの戦い方は』
『やはり随分と気に入っているようだな、あのまま鍛えたらお前を超えるかもしれんぞ?』
『からかうな、私も仮にヴォルケンリッターの将だ、そうそう負けはせんよ』
一日はまだ始まったばかり、はたして後編ではどうなる事やら?