リリカルなのは×ロスカラ  改訂前

□プロローグ 別れ…そして
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 神根島にある遺跡の祭壇で僕は願う
 願う事など許されなくても、その権利が無くとも、せめてこれだけは、と。
「みんなが、僕を忘れますように——————」
  
 選択肢は始めから去る事しかあり得なくて。
 だからこそ、優しいみんなのことだ、僕が消えればきっと悲しんでくれるだろう
 だけど、僕のせいでみんなが悲しむのは嫌だ
 
 こんな僕に色を与えてくれたみんなを、僕を失うという悲しみの色に染めたくないから
 そんな余分を僕は許さないし、許せない。 
「っ――――く!」
 全身が焼けるように熱い
 暴れ出す心臓と軋む脳髄、血流は際限なく加速する、
 もはや慣れさえも覚えるギアスの暴走
 この力がある限り僕は誰かと同じ時間は過ごせない。

 それでも僕は願う、この身に宿る王の力、人の運命を歪めるギアスの呪いに—————

 記憶喪失だった僕を受け入れてくれた生徒会のみんな、黒の騎士団のメンバー

 一人一人の顔を思い浮かべながら強く祈る。
 身内以外に愛おしいという感情を抱いたのはこれが初めてだ。
 だからこそ、あの優しい人たちの記憶の中から僕という存在が全て消えてしまうという事実に胸が締め付けられる、後悔の念が湧きあがる 

 もう後戻りはできない。
 一緒に居たい、共に同じ時間を過ごしたいという思いを無理やり押さえつける
 それが……僕の抱えた罪だから

 次第に遺跡の中心にあるサークルが放つ光が強くなる。不思議だ、今まであんなに僕の人生を狂わせたギアスの光とよく似ているのにどことなくその光は温かい。
 まるで力を吸われるようなその感覚に僕は身を委ねる。【自分】の濃度が急激に低下する。
 光と共に願いが世界へ広がっていくのを感じながら

 再び、幾年とも知れぬ眠りに就くため、睡魔が僕を襲う

 (ああ、次に目覚めるのはいつだろうか? 百年後か千年後か、もしかしたら二度と目覚めないかもしれない)

 出来るなら僕なんて未来永劫目覚めない方が世界の為なのだろう
 軽い一言でも人の人生を歪める力なんて世界には存在しない方が良い
 人の世界は人の営みで回るべきものだ、イレギュラーがその歯車を乱してはいけない。そう自身に言い聞かせた。
 こびりつく様な眠気は午睡のようで―――

 しかし、予想はあっさりと裏切られた。
 響くのは声、あり得ない思念。
 ここに人はいないし、いたとしても僕に語りかける理由が無い。

『どこの誰でもいい、どんな手段でもいい、もし私の声を聞いているなら、この絶望の輪廻を、絶ち切っては貰えないか
 あの優しい主と一途な騎士たちだけでいい、救っては貰えないか
 烈火の将、風の癒し手、蒼き狼、紅の鉄騎、そして我が主………
 神でもいい、悪魔でもいい。どうか……あの子らを救ってくれ』

 深い悲しみを帯びた女性の声、よく響くその声に、願いに
 何故か心を揺さぶられる
 理解は出来ないが、何かひどく眩しいものを見た。
 それはついさっき僕が捨てたもの、捨てようとした重さ。

 薄れゆく意識の中、誰とも知れぬその“声”に僕は答えを返す

「駄目……なんだ。
 もう僕は誰とも関わりたくない……いや、関われない……
 この力がある限り、もう…誰とも。
 きっと君の大切な人たちも傷付けてしまう」

 まどろみに沈みつつある意識の中、必死に声を絞り出す。
 いや、もしかしたら声は出ていなかったかもしれない。
 だが、僕の思いが届いたのか途切れ途切れに“声”は答える。

『そうか……ならば、これは契約だ。
 その力、私が抑えよう……仮にも魔導書であるこの身なら—————』
「ま…て、一体、何を言って…?」

 一瞬のフラッシュバック、網膜を焼く圧倒的な情報量。
 一秒が無限に置換されたかのような時間感覚。
 その“声”を最後まで聞き終わる前に僕の意識は途絶えた。


   
———————八神家リビングにて———————

 少女——八神はやての日課は同世代の小学生のそれとは大きく逸脱している、
 朝食に始まり、夕食に終わる。それら全てのサイクルを一人で担う、というものだ。
 もちろん親の手伝いとかそういった類ではなく献立から食材選び、主導は基本的にその少女にある。
 しかし、普段ならスムーズに行くはずの作業も今は滞っていた、
 朝食を作る際に使っていたであろうおたまを握ったままポカンと目の前で起きている不可思議な現象を眺めているせいである。
 
「なあ、シグナム?闇の書がなんか光ってるけど何かあったん?」
 関西訛りの口調で、たった今起きてきた同居人のシグナムに尋ねた。
 その言の通り、八神家の一員……と呼べなくもないちょっと色々と複雑な事情を抱えた一冊の古書が宙に浮き、不規則かつ断続的な閃光を発しているのだ。
 クリスマスの用意にはまだはやいしなー、とか言ってるあたりこの家の主は割と落ち着いている。
「っ!?……いえ、私には分かりかねますが。
 ……それより何が起こるか分かりません、念のため主はやては下がっていてください!」
 ――――まさか、もう管制騎が目覚めたのか。
 そんな焦りと焦燥を隠し、シグナムは自然と腰を落とす。
 理解できない状況に直面した時、楽観視するのではなく最悪の事態を考えて行動するあたり場馴れしている。
 普段から凛としていて、冷静なヴォルケンリッターの将——シグナムがここまで血相を変えるということはそれだけ目前の事態が良くないことなのだろう、と大まかに推測を付けたはやては自らが座っている車椅子を後ろに移動させた。

 そうこうしている残りの同居人である三人―――シャマル、ヴィータ、ザフィーラが駆けつけ、血相を変える。

「え?ええ!?一体何が起こってるの?」
「知るかよ。それよりこれをどうにかするのが先だろうが」
「ふむ、ヴィータに一利あるな、下手をすれば魔力反応を嗅ぎつけられるかもしれん」
 
 しかし闇の書に不用意な干渉をすれば自分たちの身に何が起こるか分からないという状況でシグナム達が取れる行動の数は決して多くはない。同時にやることさえ定まれば行動に移すのが早い、という意味でもあるのだが。
 結果的にはやてを守るために各々が騎士甲冑を展開し静観するしか手立てが無かった。

「う〜ん、なんかさっきより光が強くなっとるけど、これ爆発するんやない?」
 
 先日テレビで放送していた映画の影響のせいか、やたらと物騒な事を呟くはやて。その割には緊迫した雰囲気を欠片も纏っていないあたり、それほど事態を危険視していないようにも見える———というのも当然だ、彼女にとって闇の書は物心ついた時からずっと傍にある、要するに生活の一部なのだ。それが自分に危害を加えるような事になる筈は無いと確信している。
「は、はやてちゃん。いくらなんでもそれはない、と思うんだけど。でもさっきからどんどん闇の書の発する魔力も強くなってるし……もしかしたら?」
「おい、シャマル!!不吉なこと言ってねーでお前は今起きてる事態の解析と、魔力隠蔽の結界の維持に務めてりゃいーんだよ!」
 
 
 そうこうしている内に目の前も見えないほど強い光に室内が満たされる。瞼を閉じていなければ網膜を焼かれるというほどの強く鋭い銀色の光———
 次の瞬間
 ドスン、という“何か”が部屋のフローリング張りの床に落ちるような鈍い音が聞こえた。
 騎士達は警戒体制から臨戦態勢へ。

 しかし、いつまで経っても襲撃の気配はなく闇の書が放っていた光も徐々に弱くなる。
 そして、光が完全に収まったとき八神家の目の前に現れたのは————

「人、だと?」
「ほえ?みんなのお知り合いやないの?」
「いえ、私たちは全然——」
「知らないよ?」

 目の前に現れたのは異形の類でもなければ害意を持った敵ではなく、静かに横たわるただの人間。
 魔導書のもたらす奇跡に因って編まれた彼女達ヴォルケンリッターと異なり、水とタンパク質で構成された有機生命体。
 黒い、なんらかの制服に身を包んだ外見年齢は大方シグナムと同じくらいであろう銀髪の少年。
 先ほど聞こえた鈍い音の正体——それはこの少年が床に落ちた音に他ならなかった。

「って、大変や!この人、意識が無い。
 ザフィーラ、この人ベッドに運ぶの手伝ってや。それとシグナムはお湯温めてきて。
 シャマルは念のために魔法で病気が無いか調べてな。ヴィータは私と一緒にこの人の替えの服探すの 手伝ってくれる?」
「「「了解!!」」」
 異常事態に目を白黒させているヴォルケンリッターの面々にはやてが呼びかける。
 的確かつ冷静な判断を下したはやてに尊敬の念を抱きながらも、それぞれの役目を果たすため迅速に騎士達は一端疑問を頭の片隅に置きやり、行動に移す。

 こうして八神家の慌ただしい一日とファーストコンタクトの幕が開けたのだった。

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