Short

□世界は図書室の片隅で
2ページ/2ページ




図書室の片隅に私達は居た。
ほんの一ヶ月前は此処は私だけの聖域だったのだ。私だけ____私、織村輝月(おりむらかづき)だけの。
目の前の彼____如月(きさらぎ)が来るまでは。



「織村さん何の本読んでるの?」

「…」

「放課後はいつも此処に居るよね、本好きなの?」

「……」

「本好きじゃなきゃ毎日此処には来ないか。ごめんね、変な事聞いちゃって」

「………」



如月はクラスメイトだ。
明るい性格に美形とまではいかないが好感の持てる容姿。彼の周りには人が絶えず、いつも騒がしい。
一人読書を好む私とは大違いだ。
いや、私はそれで良かったのだ。
顔色をうかがっておべっか使うのも人に合わせるのも馬鹿らしい。
この、誰もいない静かな空間で一人本を読めればそれで良かったのだ。

___なのに何故、お前は此処に居る。

ああ、苛々する。


ガキンッ



口の中に含んでいた飴があっけなく砕けた。
私の場合飴は大抵溶ける前に噛んで砕いてしまう。
まるでそれは断末魔。私の口は、もういくつの果てを遂げたのだろう。
その鈍い音に気付いていたのか如月はにこりと笑い、私を指差しこう言った。



「星」

「…は?」

「星が、砕けた」



星?砕けた?何の事だか分からない。
事態に追いつけずにいた私に、彼は困ったような笑顔でごめん、と呟いた。だから、何が。
違うんだ、そうじゃなくて。と小休止。顔を照れさせ少し俯いて笑わない?と顔を向ける。
___お前の今までの愚行に比べたら大抵の事は沸点には届かない。私は一ヶ月耐えたのだ。だから、さっさと。
そんな思いをたった一言。



「早く」




如月は私の言葉を聞いた後、観念したように口を開いた。



「…星の砕ける音みたいでさ、好きなんだ」



何が?

飴が。

飴?

うん。



「星が砕ける音がするんだよ、飴って」



そうやってまた、ふわりと笑う。
メルヘンな頭だな。そう言おうと思ったのに、言葉は形にならず。
…星、か。



「そしたらなんだ?私の口は宇宙か?」



なら私は全てを飲み込む空の穴によく似てるな。生まれる事のない、消えるだけの宇宙。そこにぽっかりと空いた、宇宙の穴。
___私にお似合いじゃないか。



「違うよ」

「…?」

「世界が、広がってるんだ」



無限に生まれ、消えていく世界が。


バラバラッ


そう言い放った途端に手のひらから溢れた何か。
いや、溢れたのではない。手のひらに隠した、たくさんの星。



「…図書室は飲食禁止だぞ」

「じゃあ共犯だね」



…本当に変な奴。
でも不思議と苛々はもう無い_____…



「あ、やっと笑った」

「え?」

「俺、ずっと織村___…輝月さんの笑った顔、見てみたかったんだ」


ガキンッ



星の砕ける音がした。





(お前、本当は馬鹿なんだろう?)

(え?なんで?)

(……もういい)









.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ