-Resurrection-
□destind for... [後編]
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兄の勧めでジャスティスタワーを訪れたのは、その日の夕方だった。
日頃ヒーロー達がトレーニングやミーティングを行うトレーニングセンターだが、芸能活動に時間を取られるステラは、普段はほぼ来る事が出来ない。
トレーニングが目的ではないためウェアには着替えず、中央の階段からフロアを仰ぎ見る。時間が時間なだけに、ヒーローの姿は無いようだった。
階段を上りきり、静かなフロアに足を踏み入れる。
「あら、珍しいわね。アンタがここに来るなんて」
唐突に聞こえた声に、油断していたステラはびくんと肩を縮めた。聞き慣れた声に振り返ると、階段を挟んだ向こう側にファイヤーエンブレムことネイサン・シーモアが立っていた。トレーニングの途中だったのか、ウェアのままでいる。
「ネイサン……」
ネイサンとは、虎徹に次いで付き合いが長い。
ほっと表情を緩めて駆け寄る。
「お疲れ様、今上がるとこ?」
「そうよ、今日は入るのが遅くなっちゃってね。アンタは?こんな時間からトレーニングでもないでしょ?」
ネイサンは女性よりも女性らしく顎に手を当て、首を傾げる。
付き合いが長いだけに感じる安心感が、ステラの心を解した。
「ちょっと時間が空いたから……。ねぇ、今日……バーナビーさんここに来た?」
その名前を口にするだけでも胸が甘く痺れるのは、重症なのかもしれない。
「ええ、午前中に来てたみたいよ。書類整理があるとかで、昼には会社に戻ったそうだけど」
「そっか……」
ネイサンになら、この気持ちを打ち明けられる気がした。そう思った途端、心の底の不安が騒ぎ出す。
「ちょっと……何、どうしたの?」
じわりと涙が滲み、目の前がかすむ。
きっと、本当に、心から、バーナビーを好きになってしまった。しかし、この想いを貫こうとすればする程、過去の呪縛に押さえ付けられる。一体、どうすればいいのか。
そのせめぎ合う気持ちが、ネイサンと顔を合わせた安心感に涙となって零れた。
ネイサンは、そっとステラの肩に手を載せる。
「……ハンサムと何かあったの?」
その問いと同時に、フロアに足音が響いた。
「よぉ、お疲れ!忘れ物しちまって……って、あれ?ステラじゃねぇか。ここに来るなんて珍しいな」
背後から聞こえた快活な声に、反射的に何の躊躇いも無く振り返る。
そこにいたのは、声の主虎徹だけではなかった。
「ステラさん……?」
虎徹の隣にいたバーナビーが、ステラの涙を見て困惑したように眉を曇らせた。
振り返る前に、少し考えれば分かる事だったのに。
「ステラ?へっ?おい、泣いてんのか……?何かあったのかっ?」
虎徹が問うのと同時にステラは顔を背け、間にネイサンが割り入る。
「ストーーップ、女の涙を慰めていいのは"一人"だけよ!察しなさい!女同士の会話も詮索しないで頂戴」
「女……同士!?」
「なぁに!?」
「いやっ、何でも……」
虎徹を気圧したネイサンは、そっとステラの背中を押す。
「時間があるなら会社でゆっくり話を聞くわ。駐車場で待ってなさい」
潜めた声で告げられた言葉に小さく頷き、振り返らずにフロアを後にした。去り際、こつんと何かが落ちた気がしたが、立ち止まる気も起こらなかった。ただ、早くこの場を去りたかった。
ヒーローであるというのに、ヒーローの前で――――バーナビーの前で涙を見せてしまった。バーナビーは、一体どう思っただろう。
すっかり陽も落ちた頃、ステラはヘリオスエナジーの一室を訪れていた。
応接用のソファに座り、膝の上で組んだ両手を見詰める。その向かい側で、ネイサンは優雅に足を組み、ステラを見詰めていた。
たった今、ステラが胸に抱えるものを打ち明けたところだった。
ヒーローになったばかりの頃のバーナビーの、忘れられない瞳。彼の素顔に触れ、惹かれてしまった心。そして、それが恋だと気付いてからは日毎に大きくなる気持ち。
しかし、それに比例して大きくなるのは、過去の呪縛と未来への不安。
「私は多分……ううん、きっと……心からバーナビーさんの事が好きなの。諦めたくない……なのに、そう思う程怖くなって」
膝の上の手を強く握り締める。
「……"あの人"の言葉が、もしも真実だったら……バーナビーさんと一緒に、幸せになる事なんて出来ないのかな、って。彼をも巻き込んで、不幸にしちゃうのかな、って…………」
自身に対するバーナビーの気持ちは、既になんとなく気付いている。だからこそ、その先を考え、バーナビーを自分の問題に巻き込んでしまったらと思うと怖いのだ。