-Resurrection-【番外編】
□ノートルダムの鐘 【前編】
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「っ………………!」
何かから逃れるように飛び起きたそこは見慣れた寝室で、夜明け前であるらしい室内はぼんやりと暗い。
また幼い頃の悪夢を見ていた。
しかし、それよりも鮮明に覚えているのは、飛び起きる直前の最愛の人が腕の中から滑り落ちるようにいなくなる、あの感覚。
「……ステラ…………」
祈るような思いで傍らを見ても、今夜はそこに彼女はいない。
何故、あんな夢を見たのだろう。
悪夢のせいなのか、それともずっと前から心に巣食っていたものなのか分からないが、どうしようも無く胸がざわめいた。
子供のように膝を抱え、そこに顔を埋める。
自分の膝が手が腕が、とても細く小さく感じた。
ノートルダムの鐘 【前編】
「…………で、どうしてこうなったの……?」
知らないうちに虎徹がステラに連絡を入れたようで、今、バーナビーは仕事の休憩中の彼女に会いに来ていた。
ステラは、バーナビーを瞬きもせずに見詰めている。
「一昨日……目が覚めたらこうなっていて……検査をしても原因は分からなくて…………。引き続き、斎藤さんが調べてくれています」
その声音は少年のようで、俯いた先に目に入った足はとても細く、椅子に座ってしまっては床に届きさえしない。
バーナビーの姿は今、五〜六歳の子供の姿になってしまっていた。
明け方に目覚め異変を感じて見てみれば既にこの容姿になっていて、斎藤に助けを求めてもすぐに明確な原因は分からなかった。
強いストレスや強い負の感情が、NEXT能力とその媒介となる体に異変をもたらしたのではないかと斎藤は言っていた。
強いストレスや強い負の感情とは、あの夢のせいだろうか。それとも、
バーナビーは首を振る。
そんなはずは無い。ヒーローである自分が、悪夢一つに屈する程弱いはずが無い。
膝の上に置いた手にステラの手が重ねられようとした瞬間、自身の手よりも彼女の手の方が大きいという現実に絶望のような感情が胸を掠めた。
本当なら、元の姿に戻れるまでステラには会いたくなかった。こんな姿、見せたくはなかった。
「……教えに来てくれてありがと。ペルセウス社の研究チームにも、それとなく訊いてみる。大丈夫、ずっとこのままな訳無いよ」
頭上から優しく降ってくる柔らかな声。しかし、今はその大丈夫という言葉を信じる事が出来ない。
顔を上げる事が出来ずにいると、次の瞬間ぐいと顎を持ち上げられた。急に激しく動かされたため、首の後ろ辺りで変な音がした気がする。
驚いて目をぱちくりさせれば、眼前にはステラの突き刺さるような瞳がある。
「……そんな暗い顔をしたって、元に戻れる訳じゃないでしょう?」
"スワロウテイル"である事を思い出させる、冷徹な声と言葉。
バーナビーが息を呑むと、ステラはすぐに表情を緩めた。
「別にこのままでもいいよ!子供バーナビー可愛いもん」
抱き締めるつもりで伸ばしたであろう両腕を素早く躱し、ステラから距離を取る。
「ちょっと、なんで逃げるの!?」
「こ……このままでいい訳無いでしょう!?少なくとも僕は嫌です!」
「え〜、だって"見た目は子供、頭脳は大人"なんて名探偵みたいでかっこいいじゃない」
「どこの名探偵ですかそれは」
わずかにいつものバーナビーが戻ったと感じたのか、ステラは安堵したように笑む。
その時、唐突にドアが叩かれた。
「失礼しますよ」
ひょいと顔を出したのは、雑誌等で見た事のある人物だった。
「随分楽しそうな声がすると思ったら……そちらはどこかの子役さん?」
にこりと笑みを浮かべる、バーナビーと同年代の美貌の青年アレックス・M。仕事で何度か顔を合わせた事があるモデルだ。
「あ、うるさくしてすみません!この子は母方の親族なんです。遊びに来てたから連れて来ちゃいました」
ごく自然に当たり障りの無い話を作り上げるのは、さすがだと思う。例えばこれが虎徹だったらと考えると、考えただけで肝が冷える。
「そうなんだ。美人なお姉さんと一緒で羨ましいな〜」
言いながらバーナビーに歩み寄ったアレックスは、笑顔のままくしゃりとバーナビーの頭を撫でた。
子供にも優しく接してはくれるが、名前を訊く程の興味は無いらしい。
アレックスは、すぐにステラの方を振り返る。
「そうだ。ステラちゃん、この撮影が終わったら食事に行かない?」
この男がこの場に現れた瞬間から、嫌な予感はしていた。
アレックス・Mは、女性スキャンダルの常連だ。
「友達も誘っていいですか?」
「俺はステラちゃんと二人きりがいいんだけどなぁ」
「やだ〜、アレックスさんみたいな綺麗な人と二人きりなんて、緊張して喋れなくなるので無理ですぅ」
のらりくらりと躱すステラに、アレックスは苦笑を浮かべた。
こんな光景、見ているだけで苛々する。
本来の大人の姿でステラの隣にいられたら、彼女を口説こうとする男など近付けさせはしないのに。
悔しい。
ぎり、と下唇を噛んだ。
「……ねぇ、ステラ"おねえさん"。お仕事が終わったら僕のおうちに来てくれるって約束だよね?」