-Resurrection-

□It's all right. [前編]
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「どうしてハンサムに相談しなかったの?」

 その日のうちにネイサンの自宅へ行く事となり、夜になって、ステラは迎えに来てくれたネイサンの車の中にいた。

「え?」

「ストーカーの事よ。普通、彼氏には真っ先に相談するものじゃない?」

 何気無いその問いに、ステラは躊躇いがちに口を開く。

「本当はすぐにバーナビーに話そうと思ったの。でも、私だってヒーローなのに、誰かを護る立場の人間なのに……護られていいのかなって思ったら、言えなかった」

 左手首に付けたPDAを指でなぞる。

「……どうしてかな。バーナビーには、つい……護られたいって思っちゃう。そういう気持ちは、ヒーロー失格だよね」

 信号が赤になり、車が停まる。

 ネイサンは、柔らかい表情でステラを見た。

「いい男は、強い女を弱くするものよ。それだけ、アンタが出逢ったのはいい男だったって事じゃないの」

 そして、人差し指でステラの肩をつつく。

「いいじゃない、ヒーローでも歌手でもないただのステラでいる時くらい、か弱い1人の女になったって。見たでしょ?さっきのハンサム。あれはヒーローだからこその言動じゃなくて、大切な人の事だから感情を揺らした、ただの男の顔だったわ」

「ただの……」
 
「……いい女は弱い男を強くするのよ。ハンサムの場合は、メンタル面かしらね」

 ネイサンは微笑み、再び車を発進させる。

 つまり、バーナビーを強くする"いい女"がステラだと言うのか。

「……どんな人間だって、特別な誰かの前ではただの男、ただの女になるの。恋愛ってそういうものでしょ?」

 ネイサンの言葉は、水面の波紋のようにゆっくりと心に広がった。
 自分は、ヒーローであるという事に囚われすぎているのだろうか。それとも、ただ素直になれないだけなのだろうか。

 今は答えを出せずに、流れていく外の景色を眺めた。








 ――――――





「何、これ……どういう事……?」

 翌日の早朝、会社から呼び出しがあった。
 すぐにネイサンの自宅まで迎えに来たラルフの車に飛び乗り、ペルセウスエンターテイメント前に来てみると、そこには既に関係者と警察が集まっていた。

 しかし、ステラが目を剥いたのは、それに対してではない。

 会社の高い門壁の一部が、広い範囲で真っ黒に焼け焦げていたのだ。

「明け方、通行人が見付けて通報したらしい。怪我人はいないみたいだけど……って、おい!」
 
 ラルフが全てを言い終えないうちに、車を降りる。
 スワロウテイルとしてではなくステラとしてこの現場に呼ばれたのなら、その理由は1つしか無い。

 関係者達の間を縫って規制線の傍まで進み、焦げた門壁の真下を見た。そこには見慣れてしまったガマズミの花束と、ばら撒かれた何枚ものヒーローカード、そして、ナイフを突き立てられたステラの写真が置かれていた。

 ヒーロー業では何度も危険な事件と対峙してきたが、それとは違う怖さが掠めるように背筋を撫でる。

「ステラ」

 いつの間にか車を停め、追ってきたラルフに肩を叩かれる。

「社長から連絡があった。今日は自宅か実家へ帰るように、って」

 その言葉が何を意味するのか、瞬時に理解した。

「それって、ネイサンの近くにいるなって事……?ファイヤーエンブレムを疑ってるって事……?」

 この焼けた門壁を見て、上層部は炎系NEXTが犯人である可能性を考えたのだろう。

「違うよ、そんな訳無い……!」

「誰もファイヤーエンブレムが犯人だなんて思ってない。ただ、ほんの少し可能性があるうちは仕方無いんだ」

 諭すような口調に何も言い返せず、ステラは言葉を飲み込んだ。
 俯いた拍子に、ある事に気付く。
 
「……このヒーローカードも、犯人が置いてったのかな」

「だろうな」

 よく見れば、ばら撒かれているヒーローカードはワイルドタイガーとバーナビーのものだけだった。

 ステラは、昨日一日を振り返る。
 これまで花束と写真が置かれるだけだったものがこうも急変した事を考えると、昨日の時点で何かがあったとしか考えられない。

 アポロンメディア内のカフェでストーカーの件を相談した時、ステラ以外でテーブルに着いたのは虎徹とバーナビー、マネージャーのラルフの3人。ネイサンはパソコンを介して参加していた。

 唐突に、おぼろ気な出口が見えた。

 一連の犯人は、昨日あのカフェにいた人物なのではないだろうか。
 パソコンのディスプレイに映ったネイサンの姿は、場所によっては見えなかったかもしれない。そして、ステラとラルフが兄妹だと知っていたとしたら。
 好意を寄せるステラが、人気のヒーローと親しくしているのを犯人がどこかで見ていたとしたら。

 辻褄が合った途端、また背筋が冷たくなった。
 自分は、いつでも悪意の対象になり得る。
 
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