短編

□獣の咬み痕
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「待ちなよ、沢田綱吉」


並盛一おっかない麗人に背後から話し掛けられ、綱吉はゲッと顔を顰めた。
今は珍しく服装も完璧だし、走ってもいない。
ただ普通に廊下を歩いていただけだ。
咬み殺される最たる理由である群れだって作っていない、というか寧ろひとりである。
どこにでもいるような弱々しい草食動物Aにしか認識されないはず。
なのにフルネームで呼ばれるなど、嫌な予感しかしなかった。

後から考えると、ここで聞こえなかったふりでもして、ダメツナなりに逃げるべきだったのかもしれない。
いや、ダメツナが彼から逃げ切れるわけもないのだが、僅かな可能性があるならそうするべきだったのだ。
少なくとも、振り返るよりはよっぽど良かったはず。

ぎぎぎ……と油を差していない動きの悪いロボットのように、綱吉は後ろに首を回す。


「な、何でしょうか……ヒバリさん」


そこには泣く子も黙る風紀委員長。
鬼も裸足で逃げ出すような戦闘狂。
理不尽の塊のような漆黒の麗人がニヤリと笑う様は、恐怖以外のなにものでもない。


「ねぇ、君さ。いつまで草食動物の皮を被ってるわけ?」

「え……と、なんのことでしょうか?」

「とぼけないでよ。君、僕と同じニオイがするんだよね」

(どういう嗅覚してんのこの人ー!!)

「ヒバリさんと一緒って……。オ、オレなんか運動も勉強もダメダメなダメツナですよ? そんなダメ人間がヒバリさんと同じなんてあるわけないじゃないですかっ」


あ、ちょっと喋りすぎたかも。
そう思った時には、もう手遅れだった。

新しい玩具でも見つけたような、面白がるような視線に、背筋に冷や汗が伝う。


「へぇ。少なくとも君が言うダメツナとやらは、僕と目を合わせただけで震え上がると思うんだけど?」


これは本格的にヤバい。
というかオレ、もしかしなくても自分で墓穴を掘った?

訳ありで本来の自分を隠し、典型的なダメ人間を演じている綱吉にとって、その仮面が剥がされるということだけは避けたい。
特に、この目の前の存在には。


「ま、まっさかー。今のは怯えるのすら出来ないくらいびっくりして……」

「ふーん。つまり、怯えるのを忘れるくらい動揺してるってこと?」


オレの抜け作ー!!


「ど、動揺なんか……。これは恐怖に震えているだけでっ」


ダラダラと汗を流すしかない綱吉に、それ以上の気の利いた台詞が思い浮かぶわけはなく。


(もう絶対バレる。というかバレてる。ああ、今までの苦労が水の泡にー!! はっ、今ここでヒバリさんの記憶がぶっ飛ぶくらい殴ればいいのか!! ……はぁ、それは無理だよなぁ)


赤白青と目まぐるしく顔色を変える綱吉を観察していると、なにを思ったのか足早に綱吉に近付く。
一方それに気付かない綱吉は、急に近くなった気配にハッと視線を上げた。
バチリと合った目を反らせない。

今は素で震える綱吉を引き寄せ、首もとに口を寄せると――。


「っ!?」


チクリと感じた痛みは一瞬で。
呆然と、すぐに離れていった黒曜石を見上げれば満足した色が垣間見えた。


「マーキング。君、今から僕の獲物だから」


猛禽類のような鋭い瞳が、逃がさないよと告げている。
裏社会のどんな刺客だって余裕でブチのめす自信はあるのに、どうして一応表社会の一般人、しかも同年代の少年の瞳に気圧されるのか。
全く理解できない。

なにも言えなくなった綱吉と赤い痕に気を良くし、漆黒が学ランをはためかせながら悠然と綱吉の傍を通り過ぎる。


「ハァァアーー!!!?」


正気に戻った綱吉がそう叫んだのは、それから一時間後だったという。




++++

時間軸的には並中入学〜リボーン来日あたり。
本文で書けなかったのでちょっと補足。
短編なのに続くとか……。

2012/04/29 初出
2012/08/14 修正



 

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