短編

□どれだけ深い愛なんだと突っ込みたい
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君は僕の獲物宣言という名のマーキングをされてから一ヶ月。
綱吉は逃げに逃げまくっていた。

まず、遅刻をしない。
といってもダメツナが遅刻ゼロなどありえないので、ボンゴレの血の恩恵をフル活用し、風紀委員長が校門にいない日を狙って遅刻するのも忘れない。

次に、校舎内にいる時は徹底的に風紀委員長を避ける。
授業中以外は常にあの獰猛な気配を探り、近付かない。
仕方のない時は誰もいないのを確認して窓から飛び降りたり茂みに隠れて完璧に気配を消す。
またある時は掃除道具箱に隠れてやり過ごした。

どこぞの不審者だと言われること間違いなしの行動をしたおかげで、この一ヶ月間あの恐怖の麗人と接触したことは一度もない。
たまに視線を感じたけれど。

しかし、すっかり安心していたせいか、無意識のうちに応接室の前の廊下を通ってしまったのだ。
担任に授業の資料を資料室に運ぶように頼まれたから。

案の定、応接室から伸びてきた手によって中に連れ込まれ、壁に抑えつけられる。
もちろん、両腕に抱えていた資料は床に散らばってしまったのだが。


「やっと会えたね? 沢田綱吉」

「……お、お久しぶりです、ヒバリさん」

(嗚呼、オレの馬鹿。なんで応接室の真ん前通っちゃったんだよぅ)


自分の愚かさと、目前の肉食獣の存在に泣きたくなった。


「ねぇ。この一ヶ月間、わざと過ぎるほどに顔を合わせなかったよね?」

「き、気のせいじゃないですか……」

「あくまでもシラを切るつもりなんだ? いい度胸じゃない」


ガンガンと五月蝿いくらいに超直感が警鐘を鳴らす。
雲雀がニィ、と口角を吊り上げた瞬間、嫌な予感がした綱吉は、反射的にそれを避けていた。
チラリと横目を流せば、頭のあった場所には壁にめり込んだトンファー。
明らかに殺気を纏った攻撃。
当たったら確実に即死である。


「ワオ。君が言っていたダメツナは、今のを避けられるのかい?」

「い、命の危険があるなら誰だって避けるでしょうっ」


傷付くのは嫌だし、痛いのも嫌いだ。
この風紀委員長様と対峙した時点で骨の数本や多少の怪我は覚悟していたが、命が掛かっているなら話は別。

よって、思わず避けてしまったのだが。


「でも避けようとするのと実際に避けるのでは、意味が結構違うよね」

「…………」


ああ、もう駄目だ。

もとより端から疑っていた人だ。
そんな相手にここまでボロを出してしまったのなら、誤魔化しても無駄かもしれない。
そう思い、細めた瞳に剣呑な光を宿して睨み付けた。


「へえ。そんな目もできるん、ッ!」


油断はしていなかったと思う。
けれどいつの間にか僅かな隙間からするりと抜け出し、己の背後を取った綱吉は、野生の豹を思わせる。

雲雀は一瞬虚を衝かれたように戸惑いを見せるが、すぐに獰猛な笑みを掃いて振り向くとチャキリとトンファーを構えた。


「少し、遊ぼうよ」


それが、皮切りだった。










戦場と化した応接室は、すぐにボロボロになっていった。
綱吉が武器代わりに投げたボールペンは、雲雀が弾いた拍子に中身を撒き散らし壁に黒いシミを作る。
また、飛び道具になったトンファーが高級なソファを突き破って見るも無惨な姿に変えるわ、飛んできたお盆の軌道を変えたその先に花瓶があって粉々に砕けるわ、壁や床が抉られるわで散々な状況であった。


「ほら、君が無駄にここの備品を武器にするから凄いことになってるじゃない」

「絶対にオレのせいじゃありません! ヒバリさんが闘うのを止めれば万事解決です!」

「ワオ。こんなに美味しそうな獲物を前に闘うな? 無理でしょ」

「それは誰彼構わず闘いをふっかけるヒバリさんだけですよっ。少しは自重してください」


そろそろ投げる物がなくなったのか、次は自分の拳を武器にしようと身構えた。
それを悟った雲雀はようやく真正面から相見えることに目を爛々と輝かせ、襲い掛かる。
ガッと若干痛い音を立てながらも左腕で受け止め、反撃しようと綱吉が右の拳を振り上げた時。


――コンコン。


応接室の扉叩く、軽い音が響いた。


「入りなよ」

(ってそこぉぉ! この状況で許可するやつがあるかぁッ!!)


と、若干意識を逸らしたのが致命的だった。

その一瞬の隙を雲雀が見逃すはずはなく、足払いを仕掛ける。
当然それに対処出来なかった綱吉は仰向けに倒れ込んだ。
間髪を置かずに身動きの出来ないよう抑えつけられ、トンファーを首もとに突きつけられる。
そしてひくりと綱吉の頬が引き攣ったところで応接室の扉が開かれた。


「失礼します。委員長、以前言われていた書類の方で、すが…………」


その先の言葉を発せられることはなかった。
入室した風紀委員――草壁哲矢は、突然飛び込んできた応接室内の惨状に絶句したのだ。
そんな彼を、一体誰が責められようか。

常時ならばこの学校内のどこよりも快適で整えられた応接室。
それが今や見る影もなく荒らされていたのだから。

しかも部屋の中心で倒れ込むふたりの影。
内ひとりは我らが敬愛する風紀委員長。
そしてもうひとりは、別の意味で雲雀と並び有名な生徒、ダメツナという不名誉な渾名を広められた沢田綱吉である。

が、その辺りは今はどうでもいい。
綱吉にしてみればどうでもよくないのだが、草壁の脳内は今、そこまで配慮してやれる状況になかった。
ともかく、問題は雲雀が綱吉を押し倒しているという格好だ。
片手にトンファーが握られているため“そういう事情”ではないことはわかる。
わかるのだが。


(風紀乱してます、委員長ーー!!)

「し、失礼しましたッ。書類はまた後日――」


勘違いもどきをしてしまうのは必然だ。
いけないものを見てしまった衝撃で顔を赤く染めながら慌てて退室しようとする草壁に待ったの声が掛かった。


「ちょ、待ってください! この状況なんとかして!!」


寧ろこっちがなんとかしろと言ってしまいたい。


「そうだよ、草壁。さっさと用件を言いな」


お願いします、タイミングが悪かったのは謝りますので見逃してください。

だが、そんな切実な思いを察してくれる人物は今現在存在しない。
よって綱吉の縋るような視線と雲雀の命令に逆らえず、草壁はこの状況から逃げる機会を永遠に失ってしまったのだった。



 
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