短編

□焦がれる雲
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――沢田綱吉が、転校生の女子に告白し、断られた腹いせに襲おうとした。


その噂を聞いた時、雲雀は馬鹿馬鹿しいと思った。
だってあの子は、自分が彼を知るずっと前から笹川京子という女子が好きで、話し掛けるのにもかなりの時間を要していたはず。

今では気兼ねなく話せる間柄のようだが、彼女を前にしたかの小動物は初恋をしたばかりの異性そのもの。
そんな綱吉の気持ちは周りから見ればバレバレなのだが、相手が天然なせいか全く気付かれていない。

告白だってしていないだろう。
そもそも告白しようと決めた前夜に緊張のあまり眠れず、気付いたら朝になっていたパターンを辿るような人物だ。
そして断られたら腹いせに襲うどころか、呆然として立ち尽くし、その場で燃え尽きているはず。
だから、噂にあるようなことなんて出来るはずがないのだ。

沢田綱吉に一目惚れした時から、雲雀は彼のことを陰ながらずっと見てきた。
それくらいわかる。
“沢田綱吉”という人間を知っている者達からすれば、その程度のもの。

だからこそ、その噂は一笑に付すような代物であったし、どうせ彼をダメツナと馬鹿にする連中の質の悪い嫌がらせだと思っていた。
そしてそんな分かりきったことを報告してきた風紀副委員長を咬み殺した。
草壁もまた、その馬鹿げた噂など信じていなかったようだが。

けれど。

初めてその現場を――沢田綱吉が並中生に集団リンチに遭っているのを見て、全身の血の気が引いた感覚を味わった。
その中に、“彼”を知っているはずの駄犬と自称親友も混じっていたのだから、尚更。

次の瞬間に雲雀が感じたのは、彼等への嫉妬と憤りだった。
本物の大空に愛され、近くに居続けることができた嵐と雨。
孤高の雲は、その役割から恋い焦がれることしか出来なかったのに。
近くにいることすら躊躇わせたのに。

常に大空と共に在れる特権をあっさりと手放した彼等には憎しみしか抱かない。
代わりと言うにも烏滸がましい濁った大空の嘘に躍らされた奴らには、同情などという甘ったれた感情など欠片ほどにも浮かばない。

そうこうしているうちに制裁と称した暴行は終わったのか、蜘蛛の子を散らすように、綱吉に群がっていた生徒達が散っていった。
去り際に、暴言を吐くのも忘れずに。

残された意識のない綱吉を尻目に、雲雀は思う。
これは、見ようによってはチャンスかもしれないと。

常々思っていたことだが、綱吉を自分だけのものにするにはボンゴレという存在は邪魔過ぎた。
十代目という肩書きで彼を縛りつけ、嫌がる彼から無理矢理自由を奪い去る組織。

だが、今回の冤罪でボンゴレが綱吉を見限れば?
除籍さえさせてしまえば、綱吉は柵から解放される。
貴重な初代の血統だから何かと理由をつけて監禁くらいのことはされそうだが、雲雀家の力で護れば問題ない。
あちらは――マフィアなんぞ、犯罪者の括りに入るのだから撃退方法などいくらでもある。

思考の渦に埋もれていた雲雀は、眼下にある人物が動く気配にはっと意識を戻した。
そして感じた違和感に眉を寄せる。


「いった〜。あいつら自分が何してんのかわかってんのかなぁ。オレが警察に行けば一発で少年院行きだろうに」


その前にボンゴレが警察に圧力をかけるだろうけど、という言葉は胸の内に仕舞う。
額に手をやるとぬめりとした血の感触に嫌そうな顔をし、次いで肩をコキリと鳴らす。

そして立ち上がった姿に、雲雀は目を見張る。
先程の暴行は、間違っても何事もなかったかのように立ち上がれるほど生温いものではなかった。
考えられるとすれば、全ての暴力をそうと知られずに受け流していたということ。
だが、雲雀の知る沢田綱吉にそんな芸当が出来るかと問われれば、答えは否。

あたかも怪我をしていますとわざとらしく脚を引きずっていく綱吉を、雲雀は困惑を隠しきれずに見つめていた。










それから数日間、暴行は毎日続けられた。
今や学校の悲劇――一部の者には喜劇――のヒロインとなった転校生を守ろうとする愚かな騎士によって。
それを影からみていた雲雀は、綱吉から感じる違和感の正体に気付き始めた。

まず、暴行時に綱吉は攻撃を受け流している。
さすがに守護者達からの攻撃には気を使っているようだが、よく見ればわかった。

そして周囲を見るときの伺うような瞳。
ダメツナならば怯えるだけなのに、本心を探るような光がどうしても引っかかっていたのだ。

これらのことから推測するに、沢田綱吉という人物はダメツナなどではない。
寧ろ、とてつもなく強い。
肉体的にも、精神的にも。

これだけの暴力に耐えられる体と、アルコバレーノや雲雀がいる中でのダメツナの演技。
並大抵の精神では出来ないだろう。
もはや雲雀はそれに感嘆の念さえ抱いていた。

そこで疑問に思ったのは綱吉の狙いだ。
あれほどの力を持ちながら、未だに今の状況を甘受している。
あの程度の女、本気を出せば返り討ち以上のことをするのは容易いにも関わらず、だ。
このままでいることで彼に利益でもあるのかと考え、予想出来る未来の中でひとつだけしっくりとくるものがあった。

綱吉は常々、マフィアのボスなんかになりたくないと零していた。
だとしたら、欲しいものは雲雀と同じ。
そしてそれを手に入れたらすぐさまトンズラする算段なのだろう。
また、集団暴行を観察しているうちに風紀委員の大半もそれに加わっているのを知り、並盛への愛着を捨てた。
わかりきった真実も見抜けない馬鹿ばかりの町など、雲雀が執着するほどの魅力なんてないから。

そんなある日の放課後、リボーンが転校生の女を引き連れて応接室にやってきた。
正直視界に入れるのも煩わしかったが、その話の内容に渋々我慢する。


「へぇ。じゃあ、あの小動物を除籍処分にしたんだ」


それは雲雀が望んだ通りの展開。
調べればすぐに嘘だとわかるのに、アルコバレーノの報告というだけでボンゴレはそれを信じきってしまったのだろう。


「そうだぞ。さっき勅命状を渡してきた。罪人とはいえ、あいつも初代の血統だからな。本部で監禁という形になるだろうが」

「そう」


雲雀は内心ほくそ笑んだ。
読み通りで若干面白くないが、これで堂々と綱吉に接触できる。
この赤ん坊にそれがバレようが、綱吉の計画に乗ってさっさと消えてしまえばいい。
今まで本性を隠し続けてきた手腕を持つ彼が、そう易々と捕まるわけはないだろうし。


「で、彼は今どこにいるのかな」


それは、恐らく欲しい物が手に入ったであろう綱吉が姿を眩ます前に効率よく接触したい雲雀の願望が含まれているのだが、雲雀をすっかり味方だと思っているリボーンはそれに気付かない。
風紀を乱したから咬み殺しに行くのだろうと、自分達の都合がいいように解釈しているようだ。


「あいつは家を追い出されていてな。中山外科医院っていう廃病院にいるぞ」


だから、雲雀が欲しい情報をペラペラと喋ってくれた。


「ふぅん。……そう」


雲雀がわざわざ訊いたというのに、気のない返事をする。
その違和感でさえ見落とすリボーンに、ひっそりと嘲笑う。
ここまで落ちたのなら、これからの計画にさして支障は出ない。


「それで知っていると思うが、新しく十代目候補になった、朝倉麻衣子だ。お前の新しい主だぞ」

「朝倉麻衣子ですぅ。よろしくお願いしまぁ〜す」


初めてその醜悪な顔を正面から見てしまい、とっさに視線を逸らす。
なんだ、あのファンデーションを塗りたくったような化粧は。
いや、あれはもはや塗装だ。


「あっそ。用が済んだのならさっさと出て行ってくれる」


その言葉に朝倉は粉塗れの顔を盛大に歪めた。
自分を可愛いと思い込んでしまっている可哀想な頭は、邪険にされたことが気に食わないらしい。

しかし雲雀の群れ嫌いを理解しているリボーンは渋る朝倉を連れてそそくさと退室した。


「さて。中山外科医院だったか」


あそこなら確かに雨風は防げるだろうが、問題は食料だ。
さすがに廃病院には食べ物の貯蓄などない。
まああの綱吉なら、周囲にも秘密で貯金くらい持っていそうだが。

綱吉がそこに居てくれることを願いながら、雲雀は学ランを翻した。



 
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