短編

□不良少年綱吉様!
1ページ/1ページ



最高責任者である校長ではなく風紀委員が取り仕切る並盛中学校は、とにかく風紀を乱す行為に対して厳し過ぎる程に厳しい。
制服の改造や着崩しなどは以ての外。
化粧をしていれば女子でも容赦なく風紀の鬼に咬み殺される。

もちろん遅刻も制裁対象であり、校門が閉まった後に来た者達は朝っぱらから咬み殺されて死屍累々と山積みにされる。
唯一の回避方法は、風紀委員長をボコッて再起不能にし、その間に校門を潜ること。
しかしただの一般生徒がそれをなし得るはずもなく、銀色に閃くトンファーの餌食になってその儚い命を散らしていった。

けれど例外がひとつだけある。
そしてそれが今日――。


「沢田様だ! 今日は沢田様がいらっしゃるぞ!」

「やった! 今日は咬み殺されずに済む!!」


完全に遅刻するとわかっていても、歩いていると積極的に風紀を乱していると見做され、通常の倍近くは念入りに咬み殺されるのだ。
そうなると出切るだけ痛みを軽減させたい彼らは、自ら恐怖に突っ込むしか選択肢はなくなる。
――全速力で。

その事実に泣きながら走っていた遅刻予備軍達は、その中に長髪の男子生徒がいるのを見つけ、別の意味で涙を流しながら歓喜する。

腰まで届く、女性のように艶やかな長い茶髪。
あちこちに跳ねるそれを留める数々のヘアピン。
結び目の緩いネクタイ、着崩した制服。
耳を煌びやかに装飾するピアスに、ズボンのポケットから覗く金色の鎖。

いかにも不良ですと物語る格好をしているその人物の名を、沢田綱吉という。

彼が遅刻予備軍団の中に混じっている日は大抵の遅刻者は遅刻ではなくなるから、周囲の喜びもひとしおだ。


「まだ閉めるなー! 雲雀恭弥!!」


懸命に走りながら、綱吉は視界の先にいる雲雀の名前を叫ぶ。
風紀の鬼の名をフルネームで、しかも呼び捨てにするなんて命知らずは綱吉くらいのものだろう。


「やあ、綱吉。今日こそは君も遅刻だね。罰則はなににしようか」


考えるだけでも楽しくて仕方ないといった風に、綱吉を視界に収めた雲雀は閉めかけていた校門のスピードを速めた。


「ふっざけんな!」


ぶんっ! と綱吉がなにかを思いっきり投げる。
高速で直線に飛ぶそれは、今まさに閉じようとしていた校門に突っ込んでいく。

ガキィッ。

鋭い音を立て、隙間を数ミリ残して門はその動きを止めた。


「ワオ! 相変わらず素晴らしいね、君は」


間に挟まったシャープペンを見て雲雀は口角を吊り上げ、両手にトンファーを構える。
極上の獲物を前にした獣のように、ペロリと唇を舐めた。


「ぐちゃぐちゃに咬み殺して、今日こそ君を風紀委員に任命する!」

「嫌です! オレは無遅刻無欠席を目指してるんだ。今日もアンタの屍を越えて行く!」


無理矢理風紀委員にされるのと、無遅刻無欠席に瑕がつくことがイコールで結びついている綱吉はそう叫ぶ。

皆勤を目指す不良ってどうなのという突っ込みは、最早ない。
並盛では、風紀委員をしている不良という世間の常識からかけ離れているそれが定着してしまっているため、違和感を感じる生徒は殆どいないのだ。
そのせいか沢田様頑張れー! との応援の声も聞こえる。


「覚悟ッ!」


そう言って、走ってきたそのままの勢いで雲雀に迫り、握り締めた拳を鳩尾に叩き込む。
雲雀はそれを身体を横にずらして避け、その反動を利用して背後に回ってトンファーを振り上げる。
しかしその攻撃は空を掻き、一瞬でその背後に回った綱吉が、今度は無防備な背中に肘鉄を食らわせた。

雲雀の身体が吹っ飛び、コンクリートの壁に激突する。


「よしっ」


一部に罅の入った壁と動かない雲雀を確認し、ガッツポーズを取る綱吉。

今の内にとそそくさと校門を開け、挟まっていたシャープペンを回収して教室へと急ぐ。
その途中でお勤めご苦労様でーす、と他の風紀委員に声を掛けるあたり、風紀委員の一員として動いていると見えなくもない。

と言うより、そんなに急がなくても、雲雀を伸してしまった綱吉に欠席をつけられる豪胆な教師がいるはずがないのに。
不良のくせに案外真面目な気質を持つ綱吉は、どこまでも不良っぽくなかった。

取り敢えず、今日の遅刻者はいなかったということを、ここに記しておこう。




++++

不良にする必要が果たしてあったのか?
そう思ったお嬢様方!!
そこはスルーでお願いします!

2012/08/28 更新

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ