短編

□非日常のまどろみ
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久しぶりに訪れたボンゴレ本部は、昼過ぎであるにも関わらず静寂に満ちていた。

快活さが、全くない。
それどころかぎすぎすとした神経質な空気が肌に突き刺さる。


「……おかしいな」


普段であれば、顔触れは変わるが守護者同士が喧嘩をして。
時にはそれに世界最高峰のヒットマンや、跳ね馬が加わったり。
そして武器を取り出したり、騒ぎが肥大化したところをボスが零地点突破初代エディションでにこやかに沈める。
そういった図式が出来上がるのに。

その日常化するほどに頻発して起きる恒例行事が今日はなかったのである。

以前他ファミリーのボスが偶然その現場に居合わせた時があった。
そしてそれに巻き込んでしまったせいで、罰として一週間氷漬けにされたのだ。
流石にそれは嫌だったらしく、客人が訪れる日は守護者達も自粛するようになってはいる。


(でも、今日がその日だという情報はなかったはず……)


だから、それは違う。

修理代が給料から引かれるので流石に懲りたのだろうか。
喩え同盟ファミリーのボスであっても修理代の徴収は例外ではない。

我らが敬愛するボスが妖艶に笑って、ディーノさん、と手を伸ばす姿が脳裏にありありと浮かぶ。

ディーノが犬のようにお手をした時はどうしてやろうかと思った。
まあ、どうもしなかったのだが。
綱吉が、笑みを崩さずにバキバキとその手を握り潰していたのだから。


(……はは。あれにはディーノさんも真っ青になってたっけ)


滅多に笑顔を崩さないディーノの表情を思い出して、ふっと口元を歪める。

でもあれは心臓に悪かった。

その苛烈な残像を振り払うように頭を振って、いやでも、と思考を戻す。

十代目守護者達は一癖どころか二癖三癖もあるし、かなりの暴れん坊だ。
自分勝手だし、感情の赴くままに突っ走るし。
とにかく他人の言うことを聞かない。

しかし、そんな彼らにも総じて共通している部分があった。
それはボンゴレ内部ではこう呼ばれている。

ボスに構ってもらいたい病、と。

とにかく主人大好きな守護者達は、ボスである綱吉には付き従う。
叱られても、どことなく嬉しそうだ。

その中でも性格に難ありな霧の片割れは別として、決してそういったことに喜びを見出す性癖は持ち合わせていない。
にも関わらず、だ。

そんな守護者達及びその他が、給料をしょっぴかれたくらいで構ってもらえる機会を潰すだろうか。

――百人中百人が首を横に振るに違いない。

ではなぜか。

その疑問を解明すべく、新しく仕入れた情報を伝えるついでに訊いてみよう、とフゥ太はボンゴレボスの執務室の前に立つ。

昔はフリーの情報屋であったフゥ太だが、綱吉がボスに就任するにあたってボンゴレに属することにしたのだ。
そのことを伝えた時、綱吉は驚いたように目を丸くさせた。
そして思考を纏めるように目を瞬かせ、じゃあオレ専属ね、と許してくれた。

普通にボンゴレ専属でもいいのに、綱吉専属と言うあたり、ちゃっかりしていると思う。
それと同時に、綱吉の身になにかあった後、ボンゴレに縛られないようにするという意図があるのを知っている。
綱吉のためだけの情報屋という肩書きが、フゥ太を守ってくれる。

かつて、フゥ太の能力を狙って手を伸ばしてきた輩と同じように、ボンゴレに利用されないために。

だって、ボンゴレに属しているわけではないから。

当初はそれに気付かなかった。
ただ、綱吉の専属になれて、嬉しかったというだけで。
時間が経つにつれてそれに気付いた時、フゥ太はより一層綱吉が好きになった。
それまでも、ツナ兄、と慕っていたが、それ以上に。

そのことでお礼を言ったら、なんのこと?とはぐらかされた。
照れ隠し、なんて可愛げのある行動をするようなひとではないと知っている。
だからあれは多分、気にするな、という意味なのだろう。

その温かさにふんわりとする胸中を宥め、フゥ太は執務室の扉を軽く叩く。

しかし返事がない。

主に優秀すぎる守護者達の馬鹿騒ぎのせいで回ってくる書類の絶えない綱吉は、滅多に執務室から出ない。
だから今日もここにいるだろう、とこちらに出向いたのだが、間違いだっただろうか。

でも一応念のため、と取っ手にかけた手が扉を押し開くように動く。


「ツナ兄?」


いないの、という問い掛けは、すぐに空白に変わった。

扉を開きかけた手がはっとしたように止まる。
出来うる限り気配を殺して、僅かに開いた隙間からするりと身体を滑り込ませた。

正面に鎮座する、執務机。
いつも、減らない書類を不機嫌になりながらも捌く姿は今はない。
その時の機嫌の悪さは半端ないのでそう何度も見たいとは思わないが、日常的な光景であるせいか、違和感があった。

さて、この部屋の主がどこにいるのかと視線を巡らせれば、その疑問はすぐに氷解した。

まず、開いた窓からひらりと翻っている真っ白なカーテンが目に入った。
そしてその傍らにあるソファ。
それはふたり分の重みを受け止めて、そこに構えていた。

件の人物は、ひと回り大きな腕の中で身体を丸めてぐっすりと眠っている。
数年前から伸ばしていた髪が、そよ風に揺れて首筋をくすぐった。
普段はかっちりと着こなしているシャツの襟元を緩めており、そこから覗く白磁の肌がいやに眩しい。

それを腕の中にしっかりと抱き込んでいる人物も、普段の鋭い眼光を瞼の裏に隠していた。
寝苦しくないようにネクタイを緩め、首筋の線を惜しげもなくさらけ出している。

漆黒と、琥珀。
その色を宿すふたりが、ソファに深く身を沈めて、寄り添うように午睡に耽っていた。

なるほど、これのせいか。

神の産物と評するべきふたりの寝姿にほぅ、と見惚れていたフゥ太は、ボンゴレ本部が静まっている理由を理解した。

ふたりともが気配に敏感なせいで、少しでも騒げばすぐに起きてしまう。
特に我らが敬愛するボスは、寝起きが相当に悪い。
安眠を妨害すれば――、それが仕様もないことが原因の騒動なら、間違いなく半殺しにされる。
息も絶え絶えな死の淵寸前の生易しいものではない。
身体の左半分を殺されるという意味での半殺しだ。

以前実際に昼寝を邪魔されたことがあり、その時はボンゴレ本部が全壊寸前にまで追い込まれた。


『オメーは自分の組織を潰す気か!』


その元家庭教師の突っ込みに対して綱吉はというと。


『オレの眠りを妨げる組織なんて、なくなった方がいいんじゃない?』


僅かに顔を顰めて、さも当然と言うようにそうのたまった。

それを聞いた時の某元家庭教師の顔は相当に面白かった。
その変顔の写真は、一生涯の激写として大切に保管してある。
たまに見返しては、思い出し笑いをしたりして。

だが、それは今日、覆るかもしれない。
この神々しいまでの寝姿を鑑賞しないなんて許されるだろうかいや許されない。
そう思えば即行動。
常に持ち歩いているカメラを取り出し、標準を合わせる。

小さく、パシャリとシャッターを切る音が響いた。

メモリーを確認し、その写り映えに満足げに頷く。

それにしても、とフゥ太は思う。
それぞれ性格に難があるが、どちらかといえば健康美なせいだろうか。
色気垂れ流しの、思いっきり子供の教育に悪いこのふたりは、なぜだか全くいやらしさがなかった。

ここまで神々しいといっそひとつの芸術として鑑賞されても不思議はない。

まさにそうしようとしている自分を棚に上げて評したフゥ太は、口元に笑みをたたえて扉に向かう。

この写真をどうしようか。
ひとりで密かに楽しむのもよし。
焼き増しをして、ボンゴレで崇め奉るのもよし。
でもやはり衆目に晒すのはもったいないから、こっそり保管してしまおうか。
ああ、二重三重のセキュリティをかけてデータでも保存しておこう。

そう、楽しそうに思考を巡らせながら。















コツコツと軽い足音が、遠ざかっていく。
そして沈黙の訪れた執務室。

芸術品の片割れがもぞ、と身じろぎ、ゆるりと目を開く。
胸に預けた頭を離してふぁ、と欠伸をひとつ。
己を囲う腕を愛おしげに撫で、未だまどろむ端正な顔を見上げる。


「おはようございます、ヒバリさん」

「うん。…………起きてたでしょ」


それを言うならあなたもだ、と鈴の音のように涼やかな声音で笑う。


「はは。まあ、そうですね。あれで寝てろという方が無理です」


本当はフゥ太がこの部屋に入ってくる前から気づいていた。
可愛い弟分がなにをするのかと観察していたら、まさか写真を撮るとは。
なかなかにいい根性をするようになったものだ。


「あの写真、焼き増ししてもらわないと」

「なにかに使うんですか?」


きょとん、と目を丸くする。
てっきりデータを回収するか、少なくとも広めないよう釘を刺すものだとばかり思っていたが。

ふわふわの髪を撫で、雲雀は艶っぽく笑う。


「鑑賞用と、保存用。あとは……愛でる用に、ね」

「あ、それオレも欲しいです!後でフゥ太に頼んでおきますね」


凄く楽しみだ、と。
へにゃりと十年経っても変わらぬ笑みを浮かべる。

引き締まった痩躯にぎゅっと抱きつき、またそれを甘受して小さな子供をあやすように包み込むふたりの周囲には、麗らかな真昼の陽気だけが漂っていた。




++++

ボスツナ様の日常のひとコマ。
色っぽい綱吉様を目指したんですけど……。

2013/01/01 初出

 

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