短編
□遠回しな告白は伝わらない
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核心部分に触れているわけではありませんが、微妙に『風花』本編のネタバレっぽいものが漂っています。
それでもよろしければスクロールお願いします。
甘ったるい匂いの漂うボンゴレ本部の廊下でばったりと出会ったアラウディは、いつになく不機嫌そうな表情を浮かべていた。
まあ、『そうな』ではなく実際に不機嫌なわけだが。
その原因は訊くまでもない。
バレンタイン。今日この日のせいだろう。
普段からボンゴレに寄り付かないため、もしかしたら渡せないかも、などと女性達が残念そうにしていたのをDは知っている。
恐らくはその反動だろうが、アラウディの姿を認めた途端に色めき立ち、群がったのだ。
彼が人込みを好かないと知っているにも関わらず、だ。
さすがのアラウディも四方八方から来られては避けることもできない。
勢いのまま受け取ってしまったその上に次々と積み上げられ、今に至る、というわけだ。
どれもDの推測に過ぎないが間違ってはいないだろう。
そういう出来事があって禍々しいオーラを纏っているのも気にせずに挨拶を交わせば、我らがボスに会いに行くところらしい。
丁度そちらの方面に用のあったDは、一緒にいくついでに少しからかってやろうと悪戯心をもたげさせた。
苛ついている表情の裏で、落ち込んでいるのだということ見抜いたからだ。
「全く、今日はボンゴレに来なければよかったでしょう。自国に引き篭もっていればよかったものを」
「今日じゃないといけない用事があったんだ。仕方ないだろう」
確かにそうだろうな、とDは口には出さずに頷いた。
毎年あんな目に遭っているのだから鬱陶しい場合は逃げるのが吉だ。
ランポウも実家の屋敷に篭って一歩に外に出ないという徹底ぶりである。
アラウディもそういったクチだ。
けれど今回はその手を使えなかったアラウディはげっそりとした様子も隠さずに溜め息をつく。
「ただの、チョコレート業界の陰謀の日だろう。どうして僕がそれに付き合わなきゃならないんだ」
「屈折していますね、君も。全国の女性達に謝った方がいいですよ。……と、あそこにいるのはシエロですね」
途端、アラウディの肩が大仰に跳ねる。
わかりやすいですね、とDは思った。
ただ、こちらはいいところにアラウディを弄るネタが来た、と笑っていたが。
丁度二人の向かい側から歩いてきたシエロは、目の前に立ちどまって笑いかける。
Dに向かって、と多少の注釈はつくけれど。
「こんにちは、D様。……あとアラウディ様も」
ついでのごとくぞんざいに扱われたアラウディはとりあえず小さく反応を返す。
シエロからはあまり好かれていないと自覚していたからそのまま立ち去ってもよかった。
が、彼女の持つ大ぶりの袋が気になって動けずにいた。
それをDに見抜かれているとも気づかないで。
「今日はバレンタインですので。はい、D様。エレナ様には許可をもらっていますから遠慮せずにどうぞ。他の方からもらった物については一切関与していませんが」
「……ヌフフ。ありがとうございます」
アラウディの視線を一身に受けた袋から綺麗にラッピングされた包みを取り出し、Dに手渡す。
それと同時に添えられた言葉に一瞬躊躇するが、シエロからもらうことに関しては問題ないだろうとDはぎこちない動作で受け取る。
以前に何の断りもなく、他からもらったのをエレナに知られ、折檻された記憶が蘇ったのだ。
なんてことだ。
アラウディ共々シエロも弄ろうと思ったのに逆に弄られている。
そうひっそりと打ちのめされていたDから視線を外し、シエロはアラウディに向き直る。
その手には別の小包が。
「アラウディ様は、バレンタインを馬鹿にしていらっしゃったようなので要りませんよね?」
「聞こえてたの?」
かなり距離は離れていたから声までは聞こえなかったはず。
ならば読唇術か、と問う。
「あれ?ホントだったんですか?」
Dに視線を走らせれば、彼はゆっくりと首肯した。
シエロは冗談で言ったつもりだった。
少し意地悪でもしてやろうと思ったのだ。
両手一杯に抱え込んでいるからそんなこと言っていないだろうと思ったのに以外にも肯定で返され、大きな目を瞬かせる。
困った。
「……じゃあ、要らないんですよね」
実際のところ、シエロの冗談にアラウディが焦るのを見て楽しんで。
冗談だとからかって渡す予定だった、が。
要らないのなら仕方ない。
「…………要る」
小包が袋に逆戻りしそうになったのに内心慌てて、短い言葉がついと口から零れた。
すると花が綻ぶよううにほわっとシエロが笑み、抱え込んだ包みの上にちょこんと乗せる。
そのまま通り過ぎようとして、あっとアラウディを振り返った。
「そうそう。答えが用意できないなら5倍返しでお願いします」
楽しみにしてますからと今度は意味深に笑い、だんだんと遠ざかって行く。
「どうして僕にだけ?」
珍しく自分に向けた、シエロの温かい笑みに気を取られていたアラウディは、残していった科白の意味がわからずにDに尋ねた。
これに頼るのは非常に不本意だったが。
しかしそれに対してDは答えず、全く別の情報をアラウディに与えた。
「ご存知でしたか?彼女が大量生産していたのは、トリュフです」
「……だから何?」
さっぱりわからないんだけど、とひたすら首を傾げる。
先に行きますと断るDの言葉にも反応を示さず、ただその場にとどまって考え込む。
一方、歩き始めたDはシエロから受け取った自分の包みと、アラウディのそれを一瞬だけちらりと見比べる。
藍の紐と、紫の紐。
見た目は同じだが、その色になにかしらの意味があるのだろうとDは確信していた。
今日アラウディに会う前、シエロにもらったのだと言って騒いでいた男共。
早速開けた中身が皆同じもので。
義理だと気づいて号泣していたが、あのシエロさんからもらったとはしゃいでいた彼ら。
その様子を見ていたからわかる。
ラッピングに使われていた紐は、橙、赤、青、緑、黄、藍と色鮮やかだったが、紫はなかった。
そしてアラウディに渡された包みの紐は、紫。
言外に特別だと言っているようなものだ。
恐らく中身も違うのだろう。
なぜか嫌いなふりをしているのにDの前であっさりとそれを明かしたシエロ。
特別扱いにアラウディは気づかないだろうが、その気持ちは隠したいもののはずではなかったのか。
どこか抜けているのか。Dならわざわざ口出ししないと思っているのか。それともまた別の要因があるのか。それはわからない。
けれど、とDは足をとめて振り返る。
未だに正解に辿りついていない彼の様子を見ると……。
アラウディがシエロの気持ちに気づくのは、まだまだ先のことになりそうだ。
++++
風花の番外編的なバレンタインネタでした。
2013/02/19 初出