短編
□真実を霧に隠して
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『遠回しな告白は伝わらない』の続編。前回よりも『風花』本編の核心部分に近付きます。
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「アラウディ様の、馬鹿っ」
小さな罵声。
パン、と小気味いい音。
床を打ちつける間隔の狭まった靴音。
廊下を満たしたそれらの音に、歩きながらも会議の打ち合わせを行っていたジョット、G、D・スペードは互いに顔を見合わせる。
「今のはシエロ、か?我が妹ながら中々の威力だな」
「一緒にいたのはアラウディか」
「横っ面でも張られたんですね。あの唐変木」
おおよその事態を察した彼らは同時に頷き、けれど大したことではないと打ち合わせに戻る。
シエロがアラウディを嫌っていることなど公然の秘密だ。
まあそんなこともあるだろう、と軽く流した。
特にかなり突っ込んだ事情を知っているD・スペードは笑みを深くしていた。
ああ、やっぱりこうなったか。といった風体だ。
この前はシエロの真意に気付いていなかったようであるし、望む答えなど用意できるはずもない。
だとしたら5倍返しだ。
その意味を悟ったシエロがひっぱたいた。
そんなところだろう。
そして突き当たりの角から姿を現したアラウディに、堪えきれずに思わず噴いた。
「……アラウディ。あまりシエロを怒らせるな。その見事な手形は中々に面白いがな」
「僕だって好きで平手を受けたわけじゃない。どうしてこうなったのかこっちが知りたいよ」
肩を震わせているD・スペードを一瞥して、仏頂面を隠さず不機嫌に言い放つ。
赤く腫れているであろう頬がズキズキと地味に痛いのだ。
「ほう?お前のせいではないのか。なんの理由もなくシエロが手をあげるなど考えにくいが」
そんなの知るか。
フン、と鼻を鳴らしたアラウディは取り敢えず己が知っている経緯を話す。
先月、バレンタインにシエロから『義理』を貰ったことから始まり、よく分からない『お返し』を要求され、今日先程催促をされた。
大まかにまとめればそれだけのことだった。
「そうか。今日はホワイトデーだったな」
問題はそこじゃない。
アラウディに睨みつけられてもどこ吹く風。
ジョットは飄々とした態度で頷く。
話が進まん、とその頭をGが殴る。
痛い酷いぞG!と喚くのも無視してボンゴレの人間ならば誰でも知っていることを確認する。
「だが、シエロはお返しを要求しないスタンスだったはずだ。ボンゴレの構成員は多いし、食べ物だと太る。物を貰っても置き場所に困るとか言って」
それは当然アラウディも知っていた。
賛同するように、鷹揚に首肯する。
「そうだよ。だから嫌がらせの一種だろうと思って、なにも用意しなかったんだ」
雲行きが怪しくなってきた、と。
それまで笑いを殺しきれていなかったD・スペードはちょっと待て、と言いたくなった。
彼女に嫌がらせだとかそういった意図はなかったはずだ。
明らかな特別扱いをしていたわけだし。
……とてつもなく分かりにくいのだが、そこはD・スペードがそれとなく教えたはず。
だから分かるだろう。多分。
ボンゴレの縁者程ではないが術士であるD・スペードは自身の勘はそれなりに当たると自負している。
霧は本質を見抜くのに長けているから。
それなのにこの男は、気付かないのはまだしも逆の意味で取ってなにも返さなかっただと?
「ちなみに彼女に貰ったものはなんだったんです?」
シエロのアラウディに向ける好意を、推測から確信に変えるための問い。
アラウディは訝しげにしながらも、短く一言で。
「ティラミス」
大量生産したはずのトリュフではなかった。
それに首を傾げながらも気分的にこちらの方が食べたかったから特に気にしなかった。
その答えに安堵する。
勘は外れなかったようだ。
シエロはアラウディを特別扱いして、好意を示しているではないか。
D・スペードはそう思った。のに。
「お前だけを仲間外れにしたかったんだな、シエロは」
「嫌われてるにも程があるだろ。一体なにやらかしたんだ、お前」
「……さあ?」
一人仲間外れにされて。
いらないはずの『お返し』を要求されて。
仕舞いには頬を張られて。
そこまで嫌われている。なんて結論で、彼らは納得した。
シエロが怒った原因も、なにやら腹いせの延長線だと思っている。
普通ならシエロがアラウディを嫌っているふりをしていると分かるようなものなのに、あまりにも不自然過ぎて。
D・スペードは可笑しなものを見るような目で彼らを眺める。
(おや?これは霧の気配……ですね)
ジョットとGを薄らと覆う、霧の存在に気付いた。
けれど自分のものではない霧の気配は一瞬で霧散してしまう。
今はいくら探っても感知できない。
一体どこの誰がと考え。
まさか、と見る見るうちにD・スペードは目を丸くしていく。
ある結論に辿り着き、それを確かめるべく踵を返した。
「……すみません、用事を思い出しました。会議のことについては後で連絡してください」
おい、待て。と呼びかけられても振り返らない。
彼らが気付かないのは、恐らく誰かが妨害しているからだ。
けれどアラウディは違う。
あれはただ鈍いだけ。
それが分かってしまえば、彼女が怒った理由も理解できないわけでもないのかもしれなかった。