短編

□アラツナの詰め合わせ
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Chapter01 : 生け贄志望の子羊と(1/2)


 ひらりひらりと満開に咲き誇っていた桜の花びらが舞う季節。
 ふわり、と朝の暖かな風に乗ってそこかしこに降り注ぐ桜吹雪の中、アラウディは並盛大学の校門に凭れ掛かっていた。その優美さ漂う姿に、構内へ入っていく人々がちらりと横目で眺めていく。他者の行動なぞ気にも掛けないが、不躾に見られるのをアラウディは極端に嫌っている。しかし今回ばかりはどうでもよかった。久しぶりに会う、成人一歩手前の子供の来訪を持ちわびているからだ。
 けれど約束の時間になっても現れる気配のないことに苛立ちが募る。
 おかしい。あの子供は自分が時間にうるさいことを知っているはずなのに。
 10分が過ぎ、アラウディの不機嫌さは頂点に達した。彼に触れていった桜の花びらがチリッと音を立てて焦げ付くような匂いを発するくらい、全身に不穏なオーラを纏っている。
 ここまでくれば、アラウディにも大体の事情は推測できた。迷子体質な綱吉を心配して「ここまで連れてくる!」と言ってきかなかったジョットのせいだ。
 ジョットは朝に弱い。綱吉もそれほど強いわけでもないがジョットは綱吉の遥か上を行く。それを考慮して昨日のうちに日本に着き、ホテルを取っていたはずだった。けれどそんな努力も空しく寝坊でもして、綱吉を困らせているのだろう。なんて傍迷惑な。
 こんなことなら自分がホテルまで迎えに行けばよかったと後悔していると、ふと懐かしい、けれど聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ジョット兄、はやくして! 待ち合わせから10分以上も遅れてる!」

 急かすようなアルト声がアラウディの耳にするりと入る。「本当にもうすぐ成人か?」と疑わせるような高い声だ。姿はまだ見えないが、間違いなくアラウディが待ちわびていた彼だ。しばらく会わないうちにどこかしら変わっているだろうと思っていたのに、あまり変化の見られなさそうな様子に苦笑する。
 しかしそれも束の間。遅れて聞こえてきた声と科白に一気に気分を降下させた。全ての元凶であろう、アイツだ。

「たったの10分だろう。心配するな、あいつは気の長い方だ」
「嘘でしょ! アラウディさんが時間に厳しいって言ってオレに泣きついてきたことあったじゃん! 矛盾してるって!」
「大丈夫だ。奴の待ち人は俺の綱吉だからな。問題ない」

 まだ随分と遠くだが、肉眼で視認できる距離に綱吉とジョットの姿を認めた。大声を出しているせいか、会話だけははっきりと聞こえているが。
 それにしてもたったの10分だとは。たかが10分、されど10分。はやく綱吉に会いたい身としてはかなり長いと感じるのだ。相手が綱吉ならいくらでも待つが、元凶がジョットだと思うとむかっ腹が立つ。

「意味分かんないよ!? ジョット兄の知り合いって結構変な人いるけど、実はジョット兄本人が一番変なんじゃ……」

 もしかして類は友を呼ぶってやつ? と綱吉は胡乱気な目をジョットに向ける。
 あながち間違いでもない。

「そんなことはない! しかしそれだとアラウディも変人ということになるぞ?」
「そりゃ、例外はいるよ。Gさんとか雨月さんとか。Dは論外だけど……うう。考えただけで鳥肌が」

 綱吉はぶるっと身体を震わせ、両腕をさすった。ジョットの知り合いの一人であるD・スペードは、ことあるごとに綱吉を付け回している。気付けば後ろにいた、なんてことはザラにあるのだ。
 次に会った時には焼き茄子にしてやろうか、とアラウディは計画を打ち立てる。

「む。大丈夫か? あの青茄子、まだストーカーしてるのだな。今すぐお祓いにでも行くか?」
「いやいや、だから人を待たせてるんだってば! いい加減自覚してよ〜。せっかく一緒に住まわせてもらうのに、久しぶりに会って初っ端から悪印象持たれるの、オレ嫌だからね!?」
「……そんなに久しぶりだったか?」
「何言ってんの。ボケるのはやくない? ジョット兄の招集になかなか出て来ない人だから、4年前から会ってないよ。ジョット兄はたまに会ってたみたいだけど」
「そうだったな。つい、お前達が互いの……」

 写真を持って眺めていたから、という科白は遮られた。

「ジョット兄? 余計なこと言ったら後ろから刺すよ?」
「ジョット。それ以上言ったら逆さ吊りにしてやる」

 綱吉とアラウディ。二人の科白が実に不穏なハーモニーを奏でて。
 それに驚いた綱吉は、ジョットに向けていた視線をバッと前方に遣る。いつの間にか大学前まで来ていたらしい。苛々とした調子を隠しもしないアラウディが腕を組んで仁王立ちしていた。

「アラウディ。はやいな」
「ジョット、君ね。一体、待ち合わせ時間からどれだけ過ぎてると……」

 何も悪びれずに「感心だ」とか抜かすジョットに溜め息をつく。嫌味や文句を言い返す気力も起きなかった。
 思えばこの男は昔からそうだった。自分を常識人だと信じて疑わない非常識人間。常にマイペース。自分中心主義。しかも悪気はほとんどと言っていい程存在しないのである。
 ここしばらく会っていないせいか初っ端からペースを乱された気がする。
 どっと押し寄せてきた疲労に嘆息しようとした時、ジョットの背後からひょこりと顔を出した綱吉がはにかむ。疲れが一気に吹き飛んだ。癒される。似たような顔なのに、どうしてこうも印象が違うのだろう。
 首を捻っていると、ちまちまとアラウディに近寄って来ていた綱吉が花の蕾が綻ぶように笑う。

「アラウディさん! お久しぶりです。いつも兄がお世話になってます」
「まあね。君の兄、どっかネジが飛んでるんじゃないかっていつも思うよ」

 ふっと傍目からは分からない程口元を緩め、ぽふぽふと方々に跳ねまくった頭を撫でる。この柔らかな手触りも久しぶりだ。
 一方、その微笑を真正面から受けた綱吉は頬を赤らめた。俯き、アラウディには気付かれないように「あぅ……」と漏らす。動悸が激しい。しばらくして、二人の周囲をほわんとした空気が包み始めた。



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