短編

□共犯者の君と甘美なドルチェを
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 陽が高く昇り昼時を過ぎた時分に、白蘭はイタリアの洒落たカフェで紅茶を注文し、ティラミスを突っついていた。ゆっくりと食べていたはずのそれはもう残り一口分しか残っていない。手持ちのマシュマロも切れた。暇潰しに食べるものがなくなってしまう。
 さてどうしようかと思い、ふと目の前の席を見遣る。今日待ち合わせている相手の分も注文したのだが、湯気を立てていたエスプレッソはすっかり冷たくなっている。指定した時間はとうに過ぎているにも関わらず、約束した相手が姿を見せる気配が全くないのだ。
 待たされるのはいつものことだから慣れている。でも退屈だ。まあ相手の立場と事情を鑑みれば致し方ないのかもしれないが。あちらは少々込み入った複雑なものを抱えているから。
 ああでもあと10分しても来なかったらあっちのティラミスも食べちゃおうと思って最後の一切れを口にする。その時、カランとカフェの扉に付属しているベルが鳴った。「あれっ? 来ちゃったかなあ」と、白蘭は残念そうに眉尻を下げる。
 超直感で白蘭のよからぬ行動を感じ取ったのだろうか。絶妙なタイミングだったように思う。
 もぐもぐとティラミスを咀嚼していた白蘭は、ゆっくりとした足取りで(数時間も待たせているにも関わらず、だ)近付いてくる存在に気付かないふりをする。カツン、と側で止まった足音に初めて気付いたかのように視線を上げて、するりと入ってきた蜂蜜色ににこりと笑いかける。少し皮肉げに歪んだかもしれないが、許して欲しい。長いこと一人で寂しく待っていたのだ。

「お待たせ、白蘭」
「遅いよー綱吉クン。これが恋人相手だったら愛想尽かされて振られちゃうよ?」
「大丈夫。ヒバリさんは約束なんてすっぽかすから」
「……ソレ、ちょっと酷くない?」

 君達ってホント相変わらずだねぇと呆れたように呟き、僅かに残っていた紅茶も飲み干す。もう一杯頼もうか。
 そんなことを思っていると向かい側の席に座った綱吉が何かを投げ渡してくる。これは――。

「ほら、マシュマロ」
「わーい。ありがと、綱吉クン!」

 綱吉がこういった場に度々寄越してくるマシュマロは有名所の高級なものだ。甘味を(部下の監視のせいで)なかなか手に入れられない白蘭にとって、綱吉は貴重な収入源である。
 しかし、このまま大事に大事に取っておいても、本部に戻れば犬並みの嗅覚で部下達が発見してしまう。勿体無いとは思うけれど食べられずに没収されてしまうのはつらい。だからなんの躊躇いもなく袋を開け、豪快に鷲掴みして高級マシュマロを食べ始める。……多少、餌付けされた感は否めないが、マシュマロは白蘭の好物なので仕方ない。それも含めて綱吉の掌で踊らされているのかもしれないけれど、不思議と不快感はないのだ。
 そう白蘭が感じる一方で、綱吉は飽きもせずマシュマロを食べ続ける姿に吐き気を催す。そのせいなのか、手元にあったティラミスにフォークを差し込む。小さく切り分けるのかと思いきや、円を描くようにぐちゃぐちゃに掻き回した。元の原型を留めない程に無残な姿になるまで。

「……胸焼け起こしそう。よくそんなに食べられるね」
「マシマロは僕の分身だからね! で、もう準備はできてるの?」
「当然。あいつら気付いてもいないよ。ボスの言うことなんてガン無視して、性格ブスの女に現を抜かしてさ」
「うわあ〜」

 心底嫌そうに白蘭は相槌を打つが、二重の意味が込められていた。
 一つはもちろん、ボスに寄り添うはずの守護者達が、ボスの妻でもなんでもない全くの無関係の女に構い倒していることだ。そのせいで綱吉が腹に抱えている一物にも気付いていないのだが、それは前々から分かっていた。今更驚くようなことでもないけれど、改めて聞くといろんな意味で残念だ。
 そしてもう一つは、先程綱吉がぐちゃぐちゃに掻き混ぜていたティラミスを、あろうことかエスプレッソの中にぶち込んでいたのだ。苛立ちから来ている八つ当たりだと思っていたのに、衝撃だった。

「せっかくのエスプレッソが……」
「うるさい。オレが苦いの飲めないこと知ってて頼んだな、お前」

 据わった目を向け、ビシッとケーキフォークを突き付ける。白蘭の眼前に。

(え、抉られるかと思った……)

 尋常ではない殺気を感じてとっさに身を反らしたものの、ぼへーとしていたらそのままグサリだ。脳天気な白蘭もさすがに笑えない。
 だらだらと冷や汗を流す白蘭に溜飲を下げたのか。綱吉は満足げに鼻を鳴らすと、持っていたフォークをカップに入れる。混ぜながらカチャカチャと立てる音はどこか楽しげだ。試飲してみたエスプレッソもどきの味も満足のいくものだったらしく、まるで恋人に愛を囁くような甘い顔をしていた。
 こんなところで憂さ晴らしをしないで欲しいとがっくりと肩の力を抜く。ああもう本当にはやく計画を進めないと身が持たない。
 そっと嘆息する白蘭の心情を感じ取ったのか、綱吉は悪戯めいた雰囲気をスッと潜める。ここから先の話は一切妥協できない。何しろ、自分と雲雀の将来がかかっているのだ。

「そっちの首尾は?」
「ん、上々。もう始められる状態だよ。合図があればすぐ動ける感じかな」

 満足のいく答えに綱吉は噛み締めるように頷く。ようやく――本当にようやく、だ。
 気違いめいた、同盟ファミリーのドンの娘に嵌められた雲雀。雲雀が雲雀だけにそのことで悪意を向けられようと、全く相手にしていない。綱吉もそれとなく守ってきた。
 けれど最近、それが段々と面倒に思えてきた。無視するにしろ、存在を目に入れるだけでストレスになる。二人でいられる時間も削られるし、ボンゴレ]世を襲名したことで他者に拘束される時間も増えた。これまでは相手にするのが面倒だったから敢えて放置していたけれど。いい加減、ごちゃごちゃと鬱陶しい。
 そう考えた綱吉はミルフィオーレと接触し、かつて未来で経験したボンゴレ狩りを起こそうと話を持ちかけたのだ。一般人には手を出さないなど、かなりの制限を付けさせてもらったが。

「じゃあ次の抗争で、ヒバリさんの『保護』をよろしくね? 話は通してあるから問題はないと思うけど……、派手によろしく」
「了解。万が一暴れても、麻酔でもなんでも打って保護してあげる。その後は貝を狩ればいいのかな?」
「ヒバリさんに変なことしたら殺すからな。オレも中から壊していくからあっという間だよ」

 本格的にボンゴレ狩りが始まれば、我が身可愛さに雲雀を前線に出させるだろう。その程度で死ぬような人ではないが、やはり心配なのだ。なら、それができないようにさっさと遠くへやってしまえばいい。同時に、以前から準備してきた仕掛けをばら撒く。内部に不和を生じさせ、大ボンゴレを少しずつ衰退させていき、小さくなったところで解体する。
 自身と雲雀を解放し、二人にとっての害悪であるボンゴレを滅ぼす。それが、この世界でのボンゴレ狩りの意味だった。
 ぐい、とエスプレッソもどきを呷ると一息つき、綱吉は立ち上がる。そろそろ時間だ。

「オレはもう行くよ。長居するとさすがに怪しまれるかもしれないし」
「そっか。なら次に会うのは雲雀チャンを引き渡す時だね」

 じゃあね〜とひらひら手を振る白蘭に、綱吉は艶美な笑みを刷き耳元で囁いた。

「失敗したら殺すよ?」

 目を見開く白蘭を余所に、何気ない所作で注文票を抜き取ってその隣を通り過ぎる。固まった白蘭の時間が動き出したのは、カランカランと再び扉のベルが鳴ってからだった。

(ここの会計を持ってくれたのは、計画に期待してるよってことなのかな?)

 だとしたら物凄いプレッシャーだ。しくじれば、先程の言葉通り本当に殺されかねない。それでも怖いとは思わなかった。寧ろ……。

「ホント、どこの世界の君も面白いよね。ここでは特に、さ」

 一応この世界の綱吉は、かつての過去で未来へ飛び、白蘭を倒したらしい。知識として知っている程度だし、恨みだなんてつまらないものを向けることもしない。せいぜいいい遊び相手ができたなと感想を抱く程度だ。
 この世界でも遊んでくれるのだろうかと期待に胸を膨らませて、ミルフィオーレを創ったのである。だから突然綱吉が接触してきた時は驚いた。なんだか性格も変わっているし。更に、持ちかけられた話には言うに及ばず、だ。
 その時は、自分本位な計画に呆れもしたものだが――。

「まあでも、そんな君に付き合ってる僕も、相当酔狂なのかな〜?」

 誰にともなく呟いた言葉に、当然返答などなく。
 にやにやと人の悪そうな笑みを浮かべ、最後のマシュマロを口の中に放り込んだのだった。


++++

雲雀さん出てきてませんけど、ヒバツナと言い張ります!!しかし初書き白蘭難しかった……。キャラ違ってたらすみません。
この後ボンゴレ狩りが始まります。ツナ様の科白通り悪女に構いまくってた守護者達はなす術もなくあっさり負けます。頼みの綱のツナ様も助ける気全くなし。寧ろ潰しちゃおうぜ!ってノリですので簡単に消えると思います。ちなみに、彼らは冤罪を晴らす気はありません。面倒だし、もう一緒にいたくないと思っているので。
雲雀さん嫌われにしたのは、ツナ様を嫌わせるとこうして出歩けないからです。びゃっくんを絡ませたかった。

初出:2013/05/12



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