短編

□狂人ここにあり
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私は今、人を殺している

ただし、自分の頭の中で


人を殺してはいけないと知っている

人を殺したときの罪の重さも知っている

だから私は自分の頭の中で人を殺す


でないと私の心はこの不条理な世界に耐えられないから



商店街で見知らぬおばちゃんとすれ違う

頭の中でそのおばちゃんの頭をかち割る

おばちゃんの頭は簡単にぐしゃりと潰れ、周囲に大量の血と肉色の脳みそが飛び散った


バスに乗って駅まで行く

頭の中で私は奇声を上げて持っていた包丁で次々と他の乗客たちをメッタ刺しにする

バスの窓が赤く染まり、やがて外が見えなくなった


ホームで高校生の後ろに並んで電車を待つ

電車が線路の向こうから来るのが見える

頭の中でその高校生の背中を押す

運転手の急ブレーキも虚しく高校生は電車の下敷きになる

ぐちゃりという肉がプレスされる音と共に大量の血飛沫が辺りを赤く染めた



気持ちがいい

実に気持ちがいい


人が死ぬ光景を見るのはこんなにも愉快なのか

人を殺すのはこんなにも快感なのか



でもやがて…

それだけでは物足りなくなってきた


もっと…もっと…リアルな感覚がほしい

人を殺しているというリアルな感覚を…

そう思った私は自分の身体を切り刻み始めた

もちろん、私は痛いのは嫌いだ

だから

腕の表面の薄皮が切れるか切れないか程度の傷をカッターでつけた

でも、頭の中ではたくさんたくさん想像した



私が薄く左腕の薄皮を切る

頭の中で傷口からは大量の血が吹き出した

私は震える手で慎重に痛くない程度の傷を左腕につけていく

頭の中で私は何度も何度も自分の左腕にカッターの刃をめり込ませた

私の腕には光の反射でやっと見えるほど薄い傷がついている

頭の中では私の腕からは間欠泉の如く赤い血が流れ出していた



気持ちいい

もっと切りたい

もっとズタズタにしたい

もっともっと


人を切り刻みたい

傷つけたい





そうやって頭の中で殺人を繰り返していた私は

どっちが現実でどっちが空想かわからなくなって


目が覚めたときには自分の腕は深い深いカッターの傷だらけで



その時私は悟ってしまった



ああ…





私は狂ってしまったのだ


〜END〜

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