ウェルディアナの花の下

□恐怖の記憶
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「ディー。」

兄の低い声。僕を今もなお縛る。
伸びてくる大きな手。
抗うことのできない束縛。

「!!」

飛び起きた時には冷や汗でベタベタだ。
心臓が飛び出しそうなほど、動悸がする。

「ここはタバンじゃない。あの、離宮じゃ。」

どれだけ自分を言い聞かせても落ち着くことはできない。
それほどまでに、別の意味で兄は絶対だった。

「ウェルディ殿。少しお時間頂いても。」
「!!スヴェル、将軍殿。少々お待ちくださいませ。すぐに準備します。」

ドア越しに名前を呼ばれ、慌てて着替えて身支度を整える。
こんな朝早くに一体なんのようなんだろう。

「申し訳ありません、お待たせしました。」
「すまない、起こしてしまっただろうか?」
「いえ、起きていましたので、お構いなく。」

爽やかな目覚めではなかったけれど、起きていたことは本当だ。

「すまない、どうしても少し話しをしたくて。」
「私に、でしょうか?」

困ったようなスヴェル将軍殿に、首を傾げる。

「昨日はとても素晴らしかった。また、歌ってくれないだろうか?」
「私でよければ。いつでも。そのかわり、私にタナンの歌をお教えいただけますか?
お恥ずかしながら、私はあの歌しか存じ上げておりませんので。」

タナンはとても歌が有名なのだという。タバンの民も歌をこよなく愛しているが、それ以上に、タナンも歌を歌うのだという。

「俺は無骨な将軍だから、軍歌ばかりだぞ。」
「それもいいかもしれませんね。あなたを称える歌を歌ってみたいです。」

将軍である彼を称える歌はきっとたくさんあるのだろう。ここまで、この国を大きくしたのは王と実力もあるだろうが、それ以上に彼がこの手を血に染めたからだ。

「あなたがこの手で守ったこの国の、そんな歌を。」

→スヴェルside
俺の利き手である左手を、穏やかな笑みで取ったウェルディに、俺は愛おしいと思った。

「ウェルディ、殿。」
「すみません!!お恥ずかしいことを。」

俺の前でコロコロ表情を変えるそんな彼が。

「いや。歌なら、ミシェル姉上に聞くといい。」
「では、是非聞いてくださいね。」

心をこめて歌わせていただきます。ほんのりと頬を染めてそんなことをいうから、うぬぼれてしまいそうだ。
この手の中に閉じ込めてしまいたいほどに。

「あぁ、だから今はタバンの歌で。」
「ならば、ディアナ様の賛歌を。」

小さな声で紡がれた歌は心を洗われるようで、染み渡るようで。
前に立つウェルディを思わず抱きしめた。

「っ!!や、やめっ!!」

唐突に歌は途切れ、怯えるように震えるウェルディに俺は戸惑う。

「触らないで、嫌だ。やめっ、兄上っ!!」

虚ろな目に俺は映っていない。それが悲しくて悔しかった。

「ウェルディ殿、ウェルディ殿!!」
「!!ウェル!!
これはどういうことですか、スヴェル将軍!!」

俺は彼を揺するが、けっしてこっちを見てくれない。
そんな切羽詰まった声を聞きつけたらしいカリスティア姫が部屋に飛び込んでくる。

「大丈夫、大丈夫よ。ウェル。もうここには誰もいないわ。私だけよ。
ここはあの離宮でも、タバンでもないの。
ウェル、もうあなたは自由よ。」
「ティア、様。」
「そうよ。ほら落ち着いて。あなたは私の侍従でしょう?」

呆然とした俺からウェルディを取り返したカリスティア姫は彼の背中を撫でながら、穏やかな声音で声をかける。
図らずも兄の気持ちがよくわかってしまった。

「僕はっ、!!スヴェル将軍、申し訳ありませっ!取り乱してしまいました。」
「ウェル、気にすることはないわ。
あなたは悪くないの。」

きっ、と鋭い眼差しで、俺を見据える姫の意志の強い瞳よりも、その奥で翡翠を歪めるウェルディが気になって仕方ない。

「ルズフェル様には私から伝えておくわ。少し休みなさい、ウェル。
スヴェル将軍殿、少しよろしいかしら。」
「あぁ。」

有無を言わせず、ウェルディを寝台に戻すと、硬い口調の姫に呼ばれ、ウェルディの部屋をあとにした。
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