ウェルディアナの花の下

□追憶
3ページ/4ページ

それからさらに十年後。
ウェルディ二十歳。
カリスティア姫二十三歳。

「姫様、少し息抜きに翠湖まで足を伸ばしませんか?」
「そうね。最近の皇宮は息が詰まるわ。レオ!供をしなさい。」

カリスティアたちの両親は相も変わらずおしどり夫婦であったが、母である皇后が心の病に伏し、
物や侍従に当たるようになってしまった。

「申し訳ございません。」
「あぁ、ウェルを責めているわけではないの、忘れて。」

理由はあの日、ウェルディ……ウェルディアナが生まれたこと。男と女、両方の性を持って。
ウェルディアナはカリスティアにとって、唯一の弟であり、妹であった。

「行ってらっしゃいませ、カリスティア姫様、ウェルディ様。」
「留守は任せます、シェルン。」

この皇宮で真実を知るものは皇帝である父、ヒンヴェル。
第三皇子サルフィデイナ。
そして皇后、サラ。
カリスティアとウェルディだけ。

誰も、その他は知らない。
侍従長となったウェルディがこの国の第四皇子であることを。
国を導く宰相も、国民を想う議会も、国を守る兵士たちも、国民たちも誰ひとり。

カリスティアの護衛を務めるレオナルドも、
ウェルディの腹心のシェルンも、もちろん。

「さぁ、行きましょう。ティア様。」
「えぇ。」

翠湖はタバン皇国の皇都フィアレンスにほど近い湖である。自然が溢れ、緑がまぶしい憩いの地でもあった。
カリスティアが好んで出向く場所でもあった。

「姫様、あんまり油断すんなよ。最近、このタバンもそこまで穏やかではいられねぇーんだ。」
「………そう。ここまで。」

タバンは由緒ある国の一つでもある。
このアレクセイで一番の豊かさを誇る国という自覚は、身内贔屓を除いても有り余る。
それが故に、タバンを囲む海を越えてまで、カザンフィオーナやレザンフィオーナは虎視眈々とこの地を狙っている。

「今はカザンフィオーナのタナンと、レザンフィオーナの諸国連合が睨みあっていますが、このタバンもいつまで平和でいられるか……。」
「……せっかくの息抜きよ、今だけはそのことは忘れましょう?
それに……最後の切り札はいつだって私たちタバンが握っているんですもの。」

ウェルディがそれ相応の覚悟をしたのと同じように、カリスティアもまた、覚悟を決めていたのだ。

「うーん、やっぱり翠湖はタバンで一番綺麗ね。
龍湖ほどの派手さはなくても、タバン湖ほどの広大さがなくても、私は翠湖が一番好き。」
「姫様らしいな。」

こうやって流れる時は穏やかでも、
その先に待ち受ける激流に、ウェルディもカリスティアもまた気がついていた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ