ウェルディアナの花の下
□恐怖の記憶
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「ディ。」
「あに、うえ。」
遠い、遠い昔の記憶。
タバンの南側。レザンフィオーナの目の前が、タバンの古都、フィオトルに離宮があった。
幼い頃、僕はそこで幽閉されていた。
実兄である、イルオディナ第二皇子によって。
幼い身体を這う大きな手も、
生ぬるい舌も、
それが嫌で嫌で仕方なかった。
僕はもう、あの人の弟ではないのに、
今でもその記憶は僕を苛む。
「お前は私からは逃げられない。
この国の王位を継ぐのはこの私だ。
その隣にはお前がいなくては叶わぬ。
私の女神、どうか私に祝福をおくれ。」
タバン神話によると、このタバンはかつて、カザン、レザン両大陸とつながっていた。
そしてタバンの唯一神であるディアナ様は僕と同じ両方の性を持ち合わせた神であったそうだ。
ディアナ様は自然を愛し、このタバンに生きる人々を祝福された。
けれど、幸せは長くは続かない。
カザンフィオーナと、レザンフィオーナが結託して、ディアナ様の恋人を弑しただけではなく、
この美しいタバンを土足で穢したことで、
穏やかで、温厚であったディアナ様もお怒りになられた。
このタバンを守るために、この地をカザン、レザン大陸と両大陸から切り離し、その間に深い深い、涙の海を作られたのだ。
そしてディアナ様はこの国にのみ、愛を注ぎ、昔のような豊かさを取り戻すと、タバン湖に身を投げられた。
だから私たちは母である、ディアナ様を唯一神として神殿で奉っているのだと。
「私の女神。
ディアナ様の愛した、ウィルディアナの如く真白の肌。その実の如く鮮やかな翠玉の瞳。ディはまさしく、ディアナ様の生まれ変わり。」
違う。僕は、そんな恐れ多い。
「ディー、俺のディー。
いつか、ここで私をっ!!」
僕は女じゃない!!両方の性を授かっても、僕は男としていきてきたのに。
怖い、怖いっ!!
「……どの、……ウェル……、ウェルディ!!」
「!!………スヴェ、ル……将軍、殿?」
ゆるゆると重たい瞳を持ち上げると、そこは、タバンの離宮でも、皇宮でもない。
ここはタナン王宮だ。
「随分と魘されていた。大丈夫だったか?」
「申し訳、ありません。」
そっと額を撫でる手は兄と違って無骨で、でも暖かい。
「あんたは俺に謝ってばかりだ。」
「お見苦しいところを、なんども申し訳ありません。」
「違う、そんなつもりじゃなかったんだ。」
俺は泣き虫で、弱くて、いつだってカリスティア様に守られてきた。
弱い存在。
「侍女に暖かい飲み物でも持ってこさせよう。」
「スヴェル、様はなぜここまで私によくしてくださるのですか。」
最初からそうだった。気を張っていた僕に気を使って側にいてくださった。
穏やかに笑っていておられた。
その笑顔に胸が少しだけ痛む。