小ネタ・単独SS其の2

□意志伝心
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本当に、皮肉じみた愚かな舞台だったと思う
自分があれほど憧れていた存在が、最も嫌悪する相手だったとやっと気付いたのだから
劇は一見、悲しみの物語 なのに喜劇であると作者は語っていた
その片鱗が少しだけ見えた気がする
一歩でも前に進めたからと自信を持って、また一歩踏み出す
悲劇を何時か思い出の一つとして笑えるようになる、それは克服という証に他ならない


眺め終えた解説書を閉じ、背と足を伸ばす
立ち上がり今まで手にしていた本で2〜3回、軽く肩を叩きながらフェンリルは自室を後にした
この時間帯ならヨルムもヘルも帰っているだろう、ならば夕食の手伝いをしなければ

「フェンリル」
「っと」

本が指からすり抜ける
床へと落ちる前に手へと戻す、自分には造作もない事

「フェンリル!!」

幻聴ではないようだ…無視しようとしていたのだが
真横へ目線をやると、そこには何時の間に居たのか、見知らぬ子供達の姿
今見えぬ角度にも、何者かの気配がある

(…どういう事だ)

今まで自分の家で寛いで居たと言うのに
絨毯の敷かれていた筈の床は硬い石で覆われ
煌々と輝いていた照明も無く、等間隔の松明が使い込まれた古い椅子や石壁を仄暗く映し出す

「この召喚形式で? 運…いえ、これもきっと神のお導きでしょう」

所謂シスターが十字架を握りしめ、深々と頭を下げていた

「わあ…」

子供が手を伸ばしかけ、何かを躊躇う
一回だけ頭を振り、紅い髪を躍らせながら俺を見上げる

「最後まで、大切にします」

赤髪の少女から飛び出したのは、プロポーズのような言葉

「え?ぁ…あのね、今呼び出したのボクなんだよ?」

どこかラハに似た少年(女?)が自らを指さし困惑の表情を浮かべた
その声は、確かに今まで俺を呼んでいたもの

「あぁ 駄目だもう…」
「ぅ  っと」

崩した体勢を戻しながら本を爪先で掬い上げ、宙へと浮かし掌へと収める
何時もの廊下、紛れもない自宅の

(…今のは)

憮然とした表情で辺りを見渡し確かめる

「兄様」

後ろからヨルムが追い付く
フェンリルの表情や行動からして察し、伝える

「今日からですよ、コードの配布」

どうやらヨルムは、一足先に体験済みだったようだ
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