夜に舞う蝶

□4.魂の伴侶ですか?
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・幸村視点



『綺麗……』




――優しい声が聞こえる。



静かで、落ち着いた、清らかな声が。






「……ん?」



俺はゆっくりと、目を開いた。


目覚めた直後の、頭の重さが静かに引き、ぼんやりした周囲の色が、次第にはっきりする。



絵の具や木材、紙の特有の香りと、甘い、清げな香りが鼻に流れ込んできた。



「……ん」




――そうだ、俺、美術室で寝てたのか。


まだ少し夢見心地のまま、俺は身体を起こし
た。


髪の毛をくしゃくしゃっとかき回し、片手でゆっくり目をこする。



そんな俺を覗き込む、黒髪の女子生徒。


彼女は、目を細めてふんわりと微笑んでいる。



昼、俺が出会った――。




『あ、……おはよう、ございます』




「え……、おはよう……」




って。




「うわっ!」



『えっ!?』



俺の脳が一気に冷めて、状況を即座に認識した。






びっくりした……。


心臓に悪いよ、深海さん!


まぁ、彼女に会うためにここへきたのだから、いいんだけど。



よりにもよって、俺、寝てたなんて。




俺は乱れた髪を手で押さえつけ、苦笑した。



「あ、いや……、急に驚いた声をあげたりしてごめんね」



『え、こちらこそ、ごめんなさい』



彼女は、変わらず綺麗に笑っている。



近くで見ると、本当に正統派女子、という感じだ。


柳の言っていた通りだね。


少し地味な雰囲気だが、しかしよく見るとそうでもない。




むしろ独特のオーラを出してるような、華やかさや力強さを、奥に秘めている気がする。


あくまでも、俺の直感だけどね。




俺が、彼女になんて声をかけようかなー、なんて考えていると、彼女が先に口を開いた。




『美術部の先輩、ですか……?』


確かに、美術部以外が美術室にいることは珍しい。



どうやら、勘違いされているみたいだね。



それに彼女は、転校生だから俺の事を知らないよね。



「いや、俺は、2年だよ、それに――」



『あ、そうなんだ。あ、そうだ。はじめましてだよね。私、2年の深海 玲って言います。今日、立海に来たんだ。東京から引っ越してきたんだけど……、あ、よろしくお願いします。あの、お名前、教えてもらっても?』



けれど俺が言い終わらないうちに、玲さんが自己紹介してきた。



「あ、あぁ。俺は、精市っていうんだ。そうだ、君のこと、『玲さん』って読んでもいいかい? あと、堅苦しい言葉遣いは抜きにしてくれないかな」


いきなり名前呼びなのかって?


気にしない気にしない。



すると彼女は、もっと優しく微笑んだ。


『いいですよ、じゃなかった、いいよ。あ、じゃあ私も、名前で呼んでもいいかな?』



「えっ」



俺は少し驚いて目を丸くする。



『駄目、だった?』


すると彼女が不安げに首を傾けるものだから、俺は慌てて手を振った。


「違うんだ、構わないよ。それで」



『じゃあ、『精市くん』って呼ぶね。よろしく、精市くん』



そう言った彼女の笑顔が、とても無邪気で綺麗で、俺は一瞬見とれてしまった。




――なんか、照れる。




暫く言葉無くして笑い合っていると、彼女がキャンバスを隣の席の前まで、動かし始めた。



結構な重さがあるだろうそれを、軽々と片手で持ち上げる。


反対の手には、絵の具、携帯他を器用に持って俺の隣に移動させた。




ああ、俺が座っちゃったから――。



「済まない、俺が勝手にここに座ってしまったから……」



俺が謝ると、彼女は首を振った。



『気にしないで。ふふ、ちょうど作業を始めようとしていた時に、友達に連行されちゃって』



「連行、かい?」



『そう。小学生からの仲良しが、同じクラスにいるの。凄く優しくて、明るくて元気一杯で。落ち込んだ時も辛い時も励ましてくれる、心の支えみたいな存在なんだけど……』



そう言って彼女は、パレットを手に取った。



「玲さんにとって、かけがえのない親友なんだね」



俺は、どこか微笑ましい気持ちになって笑う。



『そう。私の考えてること、思ってること、口に出して言わないでも怖いぐらいにわかってしまう。只、ちょっと元気すぎてね? それにいつも私を振り回すんだ。今日も、委員会の仕事を手伝え、って』



彼女が嬉しそうに言った。


それも含めて、友達が好きだって事だよね。



「実は、俺にも小さいころからの友人がいてね。俺が詳しく言わなくても、気持ちや考えを察して動いてくれる。俺を支える、凄く大切な存在が」



俺が言うと、彼女は顔をあげた。



『ふふっ、頼りにしているんだね』


「まあ、ね。只……、ちょっと朴念仁で真っ直ぐすぎるんじゃないかなー?って思う事がある」


俺はわざとらしく腕を組んで、目を伏せた。



『でも、それを含めて大切に思ってるんでしょ?』



「ああ、その通りだ」



俺は、ニヤッと笑った。



「友人の存在は、自分を大きく成長させてくれる。君も、立海で素敵な友人が沢山出来るといいね」




『うん。友達は、大切にしなきゃ。精市くんとも、良い友達になれたらいいな』



「俺と……?」



俺は、目を丸くした。



『こうやってここで会ったのも、何かの縁だと思うよ』



そう言う彼女は、俺の目にとても鮮やかに映った。



「ふふっ、そうだね。仲よくしよう」


正直、女友達は少ない。



というより、殆どいない。


これを機に、彼女と仲良くなれたらいいな、なんて思った。




どうやら、気も合いそうだしね。



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