夜に舞う蝶

□7.好きだから。
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・柳視点





放課後。

俺は、新しい設備のデータを取るため、一人コートに佇んでいた。

他のレギュラーや部員達は、少し離れた場所で精市の作った基礎トレーニングに取り組んでいる。



精市と弦一郎は、部室にいる。





データを一通り取り終えて、俺は吹き抜けた風に、不意に空を見上げた。



朝は晴天だったが、今は僅かに青空の覗く、くすんだ曇天だ。



そんな時、俺の頭をよぎったのは精市と深海の事だった。




――精市は、深海がテニスと何かあることをどの程度知っているのだろか。



だがその何かは恐らく、歓迎すべきものではない。


これは、朝の彼女の様子を見れば瞭然だった。



テニスがらみの良くない何かが背景にある。



彼女のプライベートな事だ。

無意味に首を突っ込む必要はない。


それに王者として歩んでいくべき俺たちが、厄介ごとに関わるのは控えるべきだ。



万が一、何かあるという可能性も頭に入れなければならない。



だが。


俺らしくもないが、直感的に、精市は深海に関わらずにはいられないのではないか。


それに、同じテニスに関わる身だ。


精市にとって、彼女の抱えるものを知りたいという欲求を抑えるのは、簡単ではないかもしれない――、そう思った。



今日という一日。


俺は、後ろ髪をひかれるような気分を拭いきれない。


深海は、一時間目が終わったところで、静かに教室に戻ってきた。


尋ねれば、一言心配しないでくれ、すまなかった、等との生気のない言葉が帰ってきた。


どこか、疲れたような悲しいような、切ないとも取れる表情が窺えた。


……お前は、一体……?



例え俺が尋ねたとして、お前は俺の質問に答えてくれないだろう。そんな気もした。



それにやはり、俺から探りを入れるのは気が引ける。


そんなことを考えていたからかどうかはわからないが、近づく者の気配に気が付かなかった。



「先輩、なんか今日変っス! 空なんかみあげちゃって、どーかしたんスか? あ! テストが悪かったとか! まさか、赤点とか!?」


「!? ……、ああ」



なんだ、赤也か。いきなり肩を掴まれるから、驚いたぞ。


「俺はお前ではない。故に、テストで赤点を取るなど有り得ない。その確率は、限りなく
だ」


「っ……! 俺は……!」


「少なくとも俺は、『英単語! 英単語!』と叫びながら走ったりはしない」


「え? 何かいけなかったっスか?」



「……」




赤也のおバカ加減には、正直感動さえ覚える。


ところで、赤也の息が若干上がっているようだ。

そんなに急いで、どうかしたのか。



「赤也、ところで俺に何の用だ。慌てているな、また何かあったのか?」


……精市か? だが、今日から学園祭準備と並行して、普通に練習を再開すると聞いている。

今から15分もすれば、このコートで通常練習が始まる予定だが。


俺が尋ねると、赤也はハッと息をのんで身を乗り出してきた。


「あっ、そうそう! 忘れてたっス! 大変なんスよ! ふ、ふ、ふ……」 


「ふ?」


「不審者っス! 如何にも怪しい奴が、塀を乗り越えて学校の敷地に入ってきたらしいっス! 目撃者有りだってえええ! 今、スゲエ大騒ぎなんっスよ!」




赤也が、俺の片腕を掴んで興奮気味に言った。



「不審者、だと?」


「はい! 警備員さんたちが慌てて探してるらしいんスけど、逃げ足がどうも半端じゃないって! 陸上部部員も追いかけたけど、全然捕まらないって!!」



この話には、正直俺も驚いた。


不審者、だと?


「そうか……。気を付けるに越したことは無いな。精市は知っているのか?」


「わかんないっスよぉ! でも、部長の事だから多分、知ってると思いますけど……。あ、他の部員達はもう知ってます!」


「それで、お前がパシられた、ということだな」



「……、ハイ。柳先輩のいるコートの方が近かったんで、取り敢えずこっちに先に……」



「わかった。一応俺も精市たちのところに行こう」

俺は胸騒ぎを抱えたまま、赤也を連れて、部室へと向かった。




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