夜に舞う蝶
□8.夜に舞う理由
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・兄貴視点
あーあ、どうやら妹は幸村君に、完全に惚れられているみたいだな。
ただまさか、妹が人前でラケットを持つとは思っていなかった。
己とテニスの関わりは、誰にも見せないように。
夜のコートに封じたというのに。
さて。
……、この男は、妹を守ることができるのだろうか。
逆に、守られるんじゃなくて――。
俺は、それを確かめにここへ来た。
兄貴なら、妹にはそのくらいのことをしてやらないと。
妹は、また派手にやってくれたみたいだけど、この場は俺が流すからね。
「ゆっきむらくーん。……俺と、お手合わせ願えるかな?」
「……はい?」
「だから、俺とテニスして負けてくれないかな?」
……フッ。
常勝立海、君を試すには持って来いの言葉だ。
だが俺の言葉に眉をひそめていた幸村君は、俺の挑発をあっさりと受け流そうとした。
「……、申し訳ないですが、我が部は部外者との対戦を、正式な練習、および試合以外は基本的に避ける方針です。お引き取り願えませんか?」
……、ふーん。
「僕を、挑発するつもりですか?」
幸村くんが、俺に向かっていった。
こいつは、想像以上に厄介かも。
「??」
俺は、目以外の笑顔で、幸村君を上から見つめた。
さぁ、乗るか。乗らないか。
だが。
「お兄さん?」
……え? お兄さん?
ふと聞こえた彼の言葉に俺がビックリしていると、彼は俺にしか聞こえないような低い声で、俺に尋ねてきた。
「……彼女に、何か裏があるのはわかります。 そしてそれは、彼女にとって本当に大きな苦痛だということも。……それがなんなのか。僕に、教えて頂けませんか……? 彼女は、それと闘おうとしていますね? 彼女が一人で抱え込んでいる闇を、僕も分かち合いたい。いや、僕が全部引き受けても構いません。その覚悟はあります。……彼女は、まるでもう一人の僕です。『彼女と同じテニスを愛する身』として、お兄さん、俺を信じてはくれませんか?」
……。長い。長いよ⁇質問が。
俺にそんな理解能力無い…
なんちって。
「……、君は、妹が今まで背負ってきた痛み、苦しみ、重圧、そのすべてを妹の代わりに自分が背負う、そう言うのか? 代わりに、自分が闘ってやる、と?」
君は、何故、そこまで。
「彼女が今でもテニスを愛している、そんなことは、接していたらわかります。そして、彼女が闇を抱えていることだって。……彼女は、他人ではない。僕も自分ではよくわかりませんが……、もし僕が彼女をこのまま見過ごしたら、一生、悔やんでいかなければならない気がします。それに、俺には上手くやる自信がありますから。だから……」
……、なるほどな。
とんでも理論でも納得。
ようやく、妹の闇が、取り払われそうな気がした。
もしかしたら、彼女が夜の闇から解放される日は……、もうすぐ来るかもしれない。
「フッ……」
俺はコートの真ん中、幸村君の耳元で、小さく笑った。
俺の瞳を覗き込む彼の双眸は、力強く澄んだ燐光を放っている。
本気で思った。
彼になら、妹を任せられるかもしれない。
立海の、部長さんよ……?
「わかった。いいだろう。……、そうだなぁ、君のところのレギュラーたちは、信用できるかな?」
「まぁ、たるんどるなおっさん、イタチの妖怪、悪魔のワカメ、詐欺師、ブタ、メガネ、えーと、あと一人。そんな感じですが。皆信頼できる仲間です」
俺がニヤッとしながら尋ねると、幸村くんはなかなかのドヤ顔で答えた。
「精市……」
少し離れたところにいた柳くんだっけ?には、これは聞こえたらしい。
何か言いたげな顔をしているが、まあ気にしない。
「えーと。聞いたところ、本当に信頼できそうな仲間達ばかりみたいだねぇ。よし、じゃあ幸村くん。レギュラーだけを連れて、俺をテニス部部室まで案内して。教えてあげよう……、妹が闇に縛られているワケを……。」
そういって俺たちは、部室へ行くためコートを後にした。
コート脇では、妹がさっきからずっとアリスちゃんを交えて、ラケットを持った女子三人と話をしていた。
三人は、代わらず冷たい顔をしている。
和解はできていないらしい。
「玲さん……」
幸村君が、その姿を片目に小さく呟いた。
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