雲外に蒼天あり

□第7Q.海常戦終了後
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ボールが転がる。


海常戦――、終了。


黒子と連携して、ブザービーターでアリウープを決めた火神は、騒然とする無音のコートにドッシリと降り立った。


火神は、荒い呼吸のまま神妙な面持ちでスコアに目をやる。


100-98。2点差で、誠凛の――。





――誠凛の、勝ち。




外野の中でだけ、ざわめきがさざ波のように広がっていく。



各チームの選手は、コート内でその場に立ち尽くしている。

勝った誠凛も、負けた海常も。



暫くは、言葉が出ない。










「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっしゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


暫しの間を置いてコートに時を呼び戻したのは、火神の、喜びの雄叫びだった。

沸き起こる止まらない喜びを噛み締めるように、火神は両手で大きくガッツポーズをして、叫ぶ。


それを期に、ベンチで控えていた誠凛メンバーは皆々そろって喜びに破顔し、一斉に選手たちのいるコートへと飛び出した。


名前は立ち上がり、今までの凄みのある策士顔から一転、まるで女神の様に柔らかい微笑を湛えた。

リコも、立ち上がると片手を腰にあて、もう片方の手を前に大きく突き出して親指を天に向ける。


その顔は、勿論笑顔だ。



「ふははっ、嬉しい通り越して信じらんねぇ……!」

コートの二年衆――、日向、伊月、水戸部は、半ば呆然としたような笑顔で、リコにそろってグッドサインを返した。






誠凛勝利の立役者――、黒子は、前かがみで膝に手をついて、肩で荒い呼吸をしながら100-98のスコアを見ていた。

そして、ベンチの名前にそっと視線をやる。



――「way to go(よくやった、おめでとう)」。


名前は優しく微笑みながら、パチパチと黒子に拍手と祝の言葉を贈った。

久しぶりに見る、名前の、その笑顔。



それが、疲れ切った黒子の身体に、じわじわと勝利の喜びを湧き起こした。


個人プレーの集合ではなく、チームプレイで。

キセキの1人のバスケを、打ち破った。


何より、火神と名前との約束――、キセキを倒して全国1になる、という目標に向かって、一歩踏み出せたこと。


(ボクのバスケで、勝ちました)



黒子はどんどん湧いてくる喜びに、ついに目じりをさげて小さく破顔した。










歓喜する誠凛の一方、海常の面々の表情は重く、暗かった。


「――はぁ……」

選手たちがコートに立ち尽くす中、笠松が大きなため息をつく。



勝者がいれば、敗者がいる。それが、スポーツ。


誠凛が勝者なら、海常は――敗者。

僅か2点差でも、それまでの局面で試合を優位に進めていようとも、負けたことには変わりがない。


当初自らの圧倒的勝利を疑わなかったところから、一気に風下に立たされる。



敗北感がひしひしと、海常側の心に――、何より黄瀬の心に染み入っていた。

無敗を誇ったキセキの世代、下っ端であろうと、その1員だった自分。


その看板の通り、負けたことは無かった。

それが、今ここで。


「……負け、たんスか」



黄瀬は、軽い放心状態に近い心境で、コートの隅に佇んでいた。


(生まれて初めて――)


黄瀬はその持って生まれた物故に、こんな『敗北』など、今まで経験したことがなかった。

欲しい物は、多少の努力こそすれ、結果的に手に入らないことなどなかった。

これからも、同じだと思っていた。



なのに。


黒子に、火神に、名前に――、誠凛に、負けた。





それを認識した時、黄瀬の目から、銀の雫が溢れた。


それは頬を伝って顎にたまり、ライトの光に輝きながら体育館のフロアに落ちる。



「あれ――、あれ……?」


どうして、自分は泣いているのだろう。

黄瀬はそれすらもよくわからないまま、留まることなく流れる涙を両手でこすった。




「黄瀬、泣いてね……?」

「いや、悔しいのはわかっけど……」

「練習試合だろ、たかが!」


黄瀬の涙を見て、外野は「公式戦でもないのだから」とどこか呆れるような声をあげる。

だが、黄瀬にとって「敗北」は、大きくても小さくても変わらない、「敗北」だった。



その心情を理解する黒子や名前をはじめとした誠凛メンバーは、黙ってじっと彼の涙する姿を見守る。



(敗北を知ったか――、黄瀬)

名前は1人離れた壁際で、落涙する黄瀬の姿を伏せ目がちに見ていた。


これを機に、黄瀬は気付くだろうか、と遠く先読みをする。




自分に集まる視線も知らず、涙をこぼし続ける黄瀬。


「この、ボケッ」


と、そんな黄瀬の臀部に笠松がまた蹴りを入れた。

とは言っても、今までの盛大な蹴りや殴りとは違う――、ドンと押すぐらいの、笠松なりに手加減した、(笠松の基準では)軽く優しい蹴りだった。


「うわっ! って!」


黄瀬はバランスを崩して、前に数歩つんのめった。

涙を流したまま振り向く黄瀬に、笠松は笠松なりに、先輩としてのチームメイトとしての言葉をかける。


「めそめそしてんじゃねぇよ、っつーか、今まで負けたことがないって方がナメてんだよ。シバくぞ! そのスッカスカの辞書に、ちゃんとリベンジ、って単語、追加しとけ!!」

負けるのは、何も、特別なことではない。

だが今は負けても、次は勝つ。


そう言った笠松の声音や表情は、荒々しくも恫喝するようなものではく、真っ直ぐに黄瀬の心に向かっていった。



――次こそは、負けない。だから、次闘う時までに、もっと、もっと強くなってやる。


平坦だった道から、遠く続く階段の一段目に、黄瀬はようやく一歩足を踏み出した。


黄瀬は笠松のフォローに、涙を目に貯めたまま小さく微笑んだ。



――黄瀬は、路の次の段階に、足を踏み出した。

海常の主将と黄瀬のやり取りを見て、「それでいい」、と名前は腕組みをしたまま頷いた。


凭れていた壁に別れを告げ、リコやベンチメンバーの隣に自分も並ぶ。




ピピーッ、と試合を締めくくる笛が鳴った。


「整列!」という審判の号に合わせ、両チームメンバーはそれぞれの想いを抱えて、コートの真ん中で向かい合う。

「100-98で、誠凛高校の勝ち!」

審判が高らかに、試合結果を告げた。


「ありがとうございましたー!!」


両チームは互いの健闘を認め合い、そろって一礼をした。







こうして、名前や黒子、火神が誠凛バスケ部に入ってはじめての、大きな試合が幕を閉じた。


海常高校という強豪校に、キセキの世代に、勝った。


それは誠凛バスケ部にとって、大きな自信と成長材料になった。


同時に今のチームに何が足りないのか、またチームの武器や強みも明らかになった。

それらを生かすも殺すも、自分たち次第だ。


だが一つ言えるのは、踏み越えた先には、より強靭な壁と、より遥かな広い世界が待っているということ。



――だから、進み続ける。



そして名前には、それに加えて果たすべき、己の目的があった。


こうして、火神や黒子と更なる高みを目指す。


それだけではなくて、その過程に必ず現れる彼らを――、かつての同朋であるキセキの面々を――、打ち破り。

そして。


  キセキ
――あいつ等を、ホンモノのバスケプレイヤーにする。





名前は、バスケコートと其処にいる彼らが織りなす空気を、五感を使って深く心に刻み込んだ。



このメンバーとなら、誠凛でなら、求めていたバスケが実現するのではないか。


名前は目標と通る道筋を再確認し、そして、ふと思った。




(黒子や、火神、アイツらだけじゃない。なんだかんだ言って俺も、重度のバスケバカだな)
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