雲外に蒼天あり

□第8Q.製作中☆シャラ
1ページ/6ページ

黒子が診察を終えて一同が帰る頃には、真っ青に透き通っていた空が、少し色付き始めていた。

一同は列をなして、何やら絵が描かれた高架下の壁沿いを歩く。


「それにしても、まさか名前ちゃんがキセキの6人目、『影の天帝』なんて呼ばれてたとはね〜、もう、目玉飛び出るかと思ったわ」


名前の傍を歩いていたリコが、何気なく切り出した。

「あ〜、俺も」、「ビックリだったね」、などと、それを聞いていた他の面々も声に出す。



名前は、僅かに苦笑した。

「大げさなんですよ、それ、本当に。色々あって、気付いたらそう呼ばれていた、って感じで。本当に皆さん、買い被りすぎです」


「謙遜しないでください、名前さんの力は本物です」


「お、おう。まあ、そう言われて悪い気はしないけどな。……、照れるじゃん」


隣を黒子にはっきりと言われて、名前は恥ずかしそうに前髪を掻き上げた。

そしてはっと目を開いて、額にしわを寄せる。

「――それって、俺が黒子やアイツらによく言っていた台詞……」


「その通りです。『謙遜するな、テツヤの力は本物だ』。名前さんに言われると本当にそうなんじゃないかと思えて、キツい練習の支えになってました」


それを聞いて名前は、「だから照れんだろ……」と黒子から顔を背けた。

だが、火神が更に追い打ちをかける。

「あー、俺もアメリカでそんなこと言われてたわ。なんだかんだ俺も、名前の台詞に大分支えられて今までバスケやってきたな。マジ感謝してんだぜ? ありがとな」

火神に優しーく礼を言われて、名前は「んなっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。



リコや日向達は、そのやりとりを背後に聞いて、クスッと笑う。


「若いっていいわね〜」

「ダァホ、1歳しか変わらんだろ」


前から聞こえた声に、名前はムッと目を細めた。


「リコ先輩、主将の言うとおりです。それに、何も良くないですよ」

「地獄耳!」


リコと日向が顔を見合わせる。
「名前さんは、素直じゃないので、褒められてもうまく反応ができないんです」

すかさず、黒子が口を挟んだ。

名前は、「何だと?」と黒子を睨む。


「黒子、お前わかってて……」

「なんのことでしょう」

「しらばっくれんな! お前、俺をからかったな!?」

「知りません」


名前は、恐い貌をして真顔で歩く黒子の胸倉に掴みかかろうとする。


「道路で暴れないでください」

だが、黒子の右手にパシッと手を掃われた。


「はぁ、この真っ黒子」


名前は、横目で真顔の黒子を睨む。

火神は、それを聞いて首を傾げた。

「なんだ、それ」

「真っ黒子は真っ黒子だ、コイツは真っ黒子だ。おい、黒子、真っ黒子に名字変えられないのか」

「法律的に不可能です」


黒子は、そう言うと少しばかり頬を緩めた。
名前はすかさずそれに反応し、また目を三角にする。


「お前、今俺をバカにして笑っただろ。冗談だっての!」

「……」

「んなっ、今度はシカト!?」


黒子に華麗にスルーされた名前は、驚いて思わずその場で立ち止まった。

「……」

「って、ああ……。俺は何やってんだ? ったく。ああ〜、怒ったらお腹空いた……」


名前は、なんとか冷静に戻ると、腹部を押さえて黒子の後を追い、再び歩き出した。


ところで、腹部をぎゅうっと締め付けられる感じを覚えていたのは名前だけではなかった。


「あー、俺も腹減ったな」

「僕もです」

「俺も俺も〜」

「……」

火神、黒子、小金井に続き、水戸部もうなずいて同意した。


他のメンバーも、そういえば、と顔を見合わせる。

激しい運動の後――、気付けば全員腹ペコだ。


一度信号で止まり再び歩き出す。

一同は商店街の様なところに差し掛かった。

斜めに差した光が、誠凛の面々が歩く道沿いに立つ店々のガラスに、眩しく反射する。


「こうなったら帰り、どっかで食べてこうぜ」

一向の声を受けて、伊月が提案した。


「お〜、何にする」

伊月の後ろを歩いていた日向が、一同に問いかける。


「安いもんで〜。俺、金ねぇ〜」

そのまた後ろを歩く小金井が、笑いながら言った。


「俺も」

「僕も」

「現金持ってないです」

(クレジットはあるけど使うと緊急時用だからな……)


後に続くメンバーも、小金井と同じだと口をそろえる。


(もしかして、皆持ってない……?)


最後を歩いていたリコは、彼らの言葉を聞いて険しい表情になった。


足を止め、それに気付かず先に行こうとする一同に後ろから声をかける。


「ちょいまち」


「ん?」


人通りのない歩道の真ん中で、彼らはそろって振り返った。


「今、全員の所持金、交通費抜いていくら〜?」



信号が、青から赤に変わった。





そして、直ぐにはじき出された全員の所持金合計に、リコは顔を引き攣らせた。


――二十一円。

駄菓子を一つ二つ買えるかどうかの金額だ。


当然、リコの手に置かれたそれを覗き込む誠凛一同の表情は、暗い。



「――、帰ろっか」

「うん」


日向と小金井が、しみじみと言った。


先程までの勝利の喜びは何処へやら、溜息を付きながら落ち込んで歩く彼らを前に、立ち止まっていたリコはため息をつく。





その時だった。






何気に向けられたリコの視線の先、一台のトラックが車道を走りすぎていく。



「ステーキ無料 村上牛」。


牛のイラストと共にトラックの側面に書かれたその大きな文字が、リコの目に飛び込んだ。

トラックが残した風に髪を揺らしながら、リコは大きな目で、トラックが去った車道の方向を数秒見ていた。




直後、リコの貌がパアッ、とそれはそれはキラキラと輝き、夕暮れ時だというのに周囲までもが明るく変化する。



重いみじめなオーラを発しながらトボトボと歩く誠凛一同に向かって、リコは軽く走ると首にかけていたホイッスルを鳴らした。

その勢いで、砂埃が軽く地面を舞う。


「ん?」

振り向いた先では、リコが満面の笑みで口からホイッスルを離していた。


「大丈夫! むしろガッツリ行こうか! 肉っ!!!」


「は?」



二十一円で肉とはどういう事だ。



落ち込みのあまりトラックを見逃した名前や一同は、「何言ってんの」という目でリコを見た。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ