The mermaid of deep sea

□2.はじまりU
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その後、何事もなく古典の授業は終わり、時はお昼休みに突入した。


一気に教室の空気が緩み、生徒たちが動き回る中、遙は、席に着いたまま何気なく名前の姿を探した。


直ぐに、彼女が席に着いたまま、周囲から質問攻めになっているのを見つける。


教室に入ってきたときは、名前はなんだか疲れているようだった。よほど説教に飽き飽きしていたのだろう、と遙は思う。

けれど今は別段そんなこともなく、名前はいたって普通に、そう、楽しそうに過ごしている。


自由奔放に、天真爛漫に、至極愉快そうに笑って。


遙は、少しばかり瞼を下げると、頬杖をついてふい、と名前から目を逸らした。



(名前には名前の、人間関係がある、か……。何なら一緒に弁当でも食べようと思ったけど――、まあ、そうだよな)

遙は、無意識に小さなため息をついた。自分が微かな寂しさを感じていることに、遙は気付かない。


雲一つない、美しい大空に舞う鳶の姿を、窓越しに横目で見上げる。



「あまちゃん先生、地元の出身なんだって。東京の大学行って就職したけど、夢破れて帰って来たらしいよ」


「夢って何?」


「さあ、音楽とか?」


男子生徒二人の何気ない会話を片耳に、遙はやりどころのないけだるさを感じていた。


(夢破れてしょうがなく教師になった奴が生徒を教えるって、どうなんだよ……、帰りたい)


帰って、水風呂にでも浸かりたい。


遙は瞼を落とし、独り、溜息をついた。


と、右に見知った気配を感じて、目を開く。



「お昼、屋上で食べない?」


遙かの隣、真琴がオレンジ色のクロスで包まれた弁当を持ち、微笑んでいた。


(こういうのは察しが悪い)


遙かは頬杖をついたまま、真琴をぼんやりした目で眺める。


そして、ふと視線を逸らし、教室の前方に走らせたところで、名前が席にいないことに気が付いた。


弁当を持ってきていないのは、自分だけではない。さては、購買にでも買いに行ったか。



対し真琴は、遙がなんだか遠い目で名前の机を見ていることに気が付いた。


(さては……)


「名前ちゃんならさっき、『弁当忘れた』っていうのを聞いた女の子たちに引っ張られてったよ」


いつもの様に、にっこりとほほ笑んで言う。



「……」


(なんでこうも、俺の考えを読むんだ。……まあいい)


遙はむすっと顔を背けて、仕方なしに立ち上がった。

真琴の横を通り過ぎ、手ぶらで廊下に向かう。


「あれ、ちょ、遙?」


「行くぞ、昼飯食うんだろ」


「えっ、うん、ふふっ、行こうか」


遙と何やら笑っている真琴は、そろって人が行きかう廊下に出た。
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