擬アン

□4月1日
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エイプリルフールの4月1日。噴水がある広場では、街の人たちが大勢家から出てきて嘘をついては笑いあっていた。嘘を楽しむ日だからとカバオ君たちに嘘をねだられても、僕は上手に嘘がつけず、みんなの上手でおもしろい嘘にパンを配りに来ていたジャムおじさんやバタコさん、チーズと眺めるだけだった。うららかな晴れた春の日に、あの聞き慣れたしゃがれ声が響く。
 
「貴様らのぬるい嘘よりも、俺様がもっと刺激的な事をしてやるのだ!」

大きなロボで広場に乗り込んできて、子供たちを追い回しては大笑い。僕はやれやれと首を振って、鉄製の蛸のような顔のロボの前にふわりと浮いてみせる。それからは、いつもの彼と僕。さっさとロボを粉砕して、菌を直接引き出した。あのいつものUFOも今日は壊して、掌にぎゅっと握る小さな泥の銃で僕を狙う。さっき目の端で食と辛が来ていたのを見つけたけれど強く睨んでおいた。僕の毎日の楽しみを邪魔されたらたまらない。菌はがむしゃらに僕に向かって銃を乱射させるけれど、飛べる僕の方が強かった。弾がなくなった菌は、僕をきつく睨みつけ、唇を噛んだ。空っぽの銃を握る右手が震えている。僕は菌の目の前に降りてゆっくりゆっくり距離を詰める。絶対にそらされない瞳と、逃げる事を潔しとしない菌。

「覚悟はできてるんだね。」
「次こそはキサマをぎったぎたにしてやる。」

僕ら二人だけの会話。

そして僕は、震える菌の手をとった。一瞬の事に強ばる菌の脇に右手をそして膝を抱え上げて僕はそのまま垂直に飛んだ。すぐに後にした広場から声があがる。みんな驚いているようなざわめき。そしてこの腕の中にいる菌も、あまりのことにぽかん、としているのか声も聞こえない。僕は真っ直ぐに飛ぶスピードをぐん、と早めた。

「っき、キサマこれは何のつもりなのだ!? もしかして上から落っことすつもりか!?」

思い出したように喚き、手足をバタバタさせる菌を抱く腕に強く力をいれた。さっきよりも密着する菌の体が僕に少しだけ縋った。

「おい!どこまで行くのだ!? どこまで行ったって俺様には小さいが羽があるからそんなことじゃやられたりしないのだ!」

僕は一切菌を、下を返り見ずに、ただただ上を目指す。菌の声がどんどん必死になっていくのが僕をわくわくさせた。

「おい!もう降ろせ!本当にどこまで行くのだ! おい!!」
「まずは太陽まで、それで駄目ならオリオンで、次は大犬座、その次は大熊星、次はえっとなんだっけ。」
「お、お前頭がおかしくなったのか!? もう本当にやめろ! 降ろせ!!」

降ろせといいながら菌は僕の肩にぎゅっと掴まった。すぐ近くに菌の顔があるけれど僕はまだ頑なに真上を見上げて飛び続ける。もう一度僕ができる一番早いスピードを出して、で白い雲の霧もつっきって、ぐんと飛ぶ。空気抵抗にひっぱられる髪やマントが重く感じるほど。ただがむしゃらに、飛んだ。ランナーズハイみたいに僕はちっとも疲れず、それどころかもっともっと早く飛べる気がしていた。肺のあたりがすぼみ、苦しい、僕の胸の中でキシキシキシと何かが叫んでいる。身体が燃えるように熱い。

3つ目の雲を突っ切ったら真っ青に空が開けて、太陽と僕らだけになった。僕はゆっくり減速して、菌をやっと見た。思わず近すぎる顔にびっくりしたけれど、僕の腕にかかる菌の全ての重さをはっきりと感じた。止まったことに菌も僕を見上げる。

「ねえ、こんなに高くまで君は来たことある?」
「そんなに俺様は暇じゃないのだ。」

悪態をつく菌の顔は強ばっていて変な顔で僕は笑った。

「ああ、腕が痛くなってきた。」
「はあ!? 貴様離すなよ!? 絶対に離すなよ!?」
「ええーさっきは君が降ろせって言ったのに?」
「それはあの地点だったからだろうが!!」

僕はゆっくりと腕を前の方に伸ばして菌と少し距離をとった。菌は僕が何かしないか不安そうに僕を見つめている。僕は鼻の奥がツンとして上手く声が出なかった。胸に感じる菌の暖かな体温が苦しい。

たった一度嘘をついても許される日。隠れるものも何もない真っ青な空間。落ちたら簡単に死んでしまう高さで、僕らは僕のこの腕一本のもろさで君と抱き合っている。

僕を見つめる菌の瞳が驚いたように揺れた。それから優しく僕の名を呼ぶ。

「おい、餡。」
「なあに菌。」
「さっさと降ろせ、それから俺様の家まで送っていけよ。」

僕はもう一度、菌を抱え直してゆっくりと菌の家がある方角へ飛んだ。ゆっくりゆっくりと、二人だけの空の中で。家につくまでお互いに何も言わなかった。菌の家の前に着いて菌を降ろすと菌は僕にいつものように「次こそは絶対にキサマを倒す。絶対にだ。」と再確認するように言った。僕はそれに笑って手を振った。

「やれるもんならやってみな。」


●おわり●



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