擬アン
□雪
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雪の日は嫌だ。世界中が白く塗りつぶされて、音さえも吸い取られる。 町中の人が家に籠って、都合がいいといえばそうだが、新しく開発したメカ用にネジを買いに行ったのに、どこも開いていなかった。
雪の日は嫌いだ。足跡が、転々と続いていく。白い世界では、黒い俺様はすぐに見つかってしまう。
「あ、菌!」
空から声が降ってきた。この声はもう聞きあきてる。
「ちょっと、君明らかにスルーしないでよ。」
前に降り立つこいつのマフラーの端が俺様の顔に垂れた。
「何か用か?」
今日はUFOのガソリンも凍って動かなかったから、こいつと戦う気はさらさらない。 さっさと帰って炬燵にもぐりたい。
「僕今から、食の家に鍋食べに行くんだけど一緒に行こうよ。」
正義のヒーロらしいこの笑顔が嫌いだ。 俺様にはそんなのきくはずないってわかってるくせに。
「んなの行くわけないのだ。」
「いやいや、そんなこと言わずに。」
「な、え、ちょっと待て貴様!!」
俺様の脇に餡の冷えた腕が入ってきた。そのままブロックされてつられるみたいに体が宙に浮く。 苦しいし、怖いし、勘弁してほしいのだ!!
「運んであげるよ、今日歩きでしょ?」
「だからって、これはないだろ?!」
うーんと、呻ってるくせに、ちっとも俺様を下ろそうとしやがらない。
「君お姫様だっこーとかしたら、もっと嫌がるでしょ。」
「当たり前なのだ。」
「じゃ、いいじゃん。」
どうした訳か納得してしまった。俺達にはこれくらいの距離が限界なのだ。宙吊りにされているせいで、腹が冷えそうだ。
「はい到着。」
玄関の前で下ろされる頃には、脇がじんじん痛かった。冷えたからだをさすりながら、ドアを開けられない俺様は餡をみた。餡はふいに、肩を回していて、そりゃそうだろ。とため息が出た。あんな腕と肩に負担のかかる持ち方をしたら、痛いに決まっている。俺様の視線に気付いたのか、餡がドアを開けた。
「おう、いらっしゃーい」
食の家なのに、玄関に出てきたのは辛だった。
玄関で尻込みしていると、餡に背中に手を回されて押し込まれた。
「あ、菌じゃねえか、いらっしゃい。」
辛は本当に嬉しそうに笑うから安心する。
「辛、早く連れてきてください。」
奥から食の声がした。
観葉植物が置かれた整ったリビングに似つかわしくない、炬燵と土鍋。食は肩まで炬燵に入っている。
「おや、菌じゃないですか、いらっしゃい。」
あ、これドキンちゃんにばれたら怒られるかもしれない。
「よっしゃー、んじゃ早速食うぞ!」
「「「いただきます」」」
鍋の中は、具だらけで隙間がちっとも見えなかった。鶏肉も豚肉も、タラもホタテも入っている。これは何鍋なのだ?
「お前なにやってんの、遠慮すんなって。」
辛が俺様の返事も聞かずに、俺様の分をよそってくれる。
すると目の前に二つの鍋と、キムチが置かれた。一つは明らかにカレー、もうひとつは、牛乳か?
「好きなのつかって下さい。」
隣を見ると、辛の器はカレーの臭いがぷんぷんしてるし、前を除くと餡の器は真っ赤だ、食はやっぱりミルク鍋にしてるし。
「俺様は、ポン酢派なのだ。」
「そうですか、残念ですね。」
同じ鍋から具をとって自分の好きな味で食べる。時々交換しては、「やっぱポン酢」なのだって笑って。
「はーくった。」
「もう食べたくないのだ。」
「途中誰かが闇鍋にしなかったら、もっとスムーズに終わったと思いますけどね。」
「ほんとにねー。」
具がなくなってきた時に、餡が何かいれた。それから全部おかしくなった、肉かと思ってつかんだら、饅頭で、中からあんこが溶けて悲惨なことになった。
「お前とは二度と鍋しないからな。」
そしてその、あんこ鍋のほとんどを辛が食べさせられていた。
こんなに笑ったのは、ずいぶん久しぶりだ。そういえば汗をかいてる。時計を覗くともう深夜になっていた。
「そろそろ俺様帰るのだ。」
じゃないと明日になってしまう。
「それじゃ、送っていくよ。」
「いいのだ、一人で帰れる。」
「そう、なら、途中までね。」
餡はそう言ってまた笑った。食の家を出てすぐの分かれ道。右に行けばパン工場に、左に行けば俺様の家に繋がる。
「今日、雪でよかったよ。」
なんでか分かれ道の真ん中でお互いに足が止まった時、餡がぽつんとこぼした。その声でさえ、白く煙って、とても温かそうだった。
「すぐに君を見つけられた。」
何か言い返そうとして出した息は、餡と同じに白く濁って消えた。
「それじゃ、また今度ね。」
そう言って、餡は浮かんで、真っ暗な闇に飛んでいった。そこに残された足跡は、ここまでちゃんと四つの跡をつけているのに、二つはどこにも続かない。
雪を踏み潰して歩く。
俺様の鼻から出る息でさえ白い。煙りの先を追いかけて見上げた夜空。
あいつも、黒い俺様も、同じ成分から成り立っているのだな。
なんて、検討違いなことを考えた。
鍋でかいた汗が冷たい。
黒い俺様は今日もやっぱり見つかった。
◎●→つづく