宝物

□ss:水野さん
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「……また変な四字熟語が出てきた……」
 あたしはバタコに借りた時代物の小説に栞を挟んでぱたりと閉じた。栞の先には桃色の紐が通してあってリボンみたい。もちろんこれもバタコの借り物で、今読んでいるこの本に挟まっていたものだ。
 そしてこれまたバタコから借りた紙の辞書を手に取って、目的の言葉を探すためぱらぱらとページをめくった。

 そもそもあたしがこの本を読もうと思ったきっかけは、タイトルに惹かれたからでもあらすじを気に入ったからでもない。ただバタコが読んでいたから。それだけの理由であたしはこの小難しい小説を読む気になった。
 そしたらバタコったら「きっと分からない言葉も出てくると思うから辞書も一緒に貸すわね」とかなんとか言いながら無理矢理この無駄に重い辞書をあたしに押し付けた。電子辞書があるからいらないって言っても頑として「紙の辞書じゃないとだめよ」と言って譲らなかったのだ。変なところで強情なやつ。

 あたしは辞書特有の薄い紙を一枚ずつ丁寧にめくっていく。使い始めた頃はなかなか見つけられなくてイライラしたけど、今では他の気になった言葉に寄り道する余裕すらできた。
 つつっと指で文字をなぞっていく。あたしの目に止まったその言葉は、
「滅私奉公。あった、これだ」
 視線をそのまま真下へと滑らせ、意味を黙読する。
「……ああ、なるほどね」
 あたしは分厚い辞書を閉じた。小説を閉じたときとは全然違う、ぼふんという重い音がした。
「餡みたいなやつのことね。滅私奉公って」
 社会や主のために自分を捨てるなんて馬鹿げてる。変人だわ(ああ、餡は変人だったっけ)。自分のために生きなくて、一体誰のために生きるっていうの? 自分じゃない誰かに捧げるその生に、本当に意味があるのかしら?
 溜息一つ。あたしはベッドに体を投げた。
「……やーめた。難しいこと考えたら頭痛くなる」
 あー、甘いものがほしいなあ。
 なんて考えていたのがテレパシーで伝わったように、扉が三度優しくノックされた。まったく、なんてタイミングかしら。
 あたしはベッドから飛び起きると、扉に駆け寄って自らそのドアを外側へ押し開いた。がつん、と扉が何かに当たった音がした。
「……何やってんの、あんた?」
 部屋の外を覗き見ると、骨が鼻を押えながらうずくまっていた。
「……いえ、まさかドキンちゃんが自分でドアを開けてくれるとは思っていなかったので……ドアに近付きすぎてました……」
「馬鹿ね。見せなさい」
 しゃがみこんで骨が自分で押えていた手をどけさせる。少し赤くなっているけど血が出るような怪我もしていない。そもそもあたしもそんなに強くドアを開けたわけじゃないもの。
「これくらい平気よ。それよりおやつなんでしょう?」
 あたしは骨のおでこをぺしりと叩いて立ち上がった。同じように骨も立ち上がり、嬉しそうに笑う。
「ええ。お部屋まで運んできましょうか? それとも――」
「いいわ。ダイニングで食べる。今日はそんな気分」
 骨は「かしこまりました」と言ってまたにこりと笑い軽くお辞儀をした。こうしてると本当に執事か何かみたいね。
「では先に行っててください。私、菌を呼んできますので」
 骨はそう言い置いて、スキップでもしだしそうな足取りで菌の部屋へと向かった。
 そんな骨を見ていて、あたしは「ああ、こいつも滅私奉公というアホな生き方に意味を見出す変人の一人なんだな」と思うと同時に、さっきの自分の疑問――自分じゃない誰かに捧げるその生に、本当に意味があるのか――にも、答えをもらったような気がした。
 あたしは足取りも軽くダイニングへ向かう。
 今日のおやつは何かしら? 生クリームの乗ったショートケーキ? それともさくさくのアップルパイ?

 おやつのことで一杯になったあたしの頭から追いやられた『滅私奉公』という言葉が掘り起こされるのは、また別の話になる。








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サイト「のらねこかぷりちお」の水野さんから頂きました!

水野さんの書かれるものが大好きなんですが、まさかいただけてしまうなんて!! 企画に参加させて頂いた側なのに! しかも、企画に参加させて頂いた私のおはなしに繋がる作品を書いて下さいました。よもや、こんなことになろうとは…嬉しいです! 本当にありがとうございます(´;ω;`)

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