パロ
□妖怪大戦争
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少し丈の短い着物から、ふさふさと自分の身長より一回り小さい尻尾を出して少年は深い森の中を歩いていく。木々の隙間から漏れいづる日の光を浴びて、少年の尻尾、耳は他の狐の焦げちゃ色と違い闇夜の月のごとく金色に輝いている。村の猟師たちは、こぞってこの異質ながら美しい狐の皮を狙っているらしい。
「おや辛、どこへお出かけですか?」
「ゲッ」
辛と呼ばれた妖狐が頭の大きな耳を揺らしながら、斜め上の大木から伸びる枝に腰かけた男を見上げた。そこには、木陰にありながらも夜空に冷たく光る星のような銀髪を垂らした着物姿の男が座っていた。目を細めて嬉しそうに笑う男の頭からは二本。名のある造型師が作ったのかと疑うほどに見事な、歪みながらも真っ直ぐに伸びる角が生えている。
「あんたと違って力弱いからな、自力で飯とりにいくんだよ、邪魔すんな。」
食は鬼だ。鬼の妖力は本人の如何と関係なくその強力さによって周囲のものに影響を与える。自慢の美しい髪に指を通してなびかせる食。
「だから言っているじゃないですか私の庵に住めば養ってあげますと、」
妖力を使っていないのに、食の背景にはキラキラと星が飛んだ。
「俺は誰の力も借りたくねえんだって言ってんだろ!」
辛の食を睨みつける瞳は、鬼が惚れた時のあの炯炯とした瞳だった。深淵を思わせる緑とも青ともつかぬ色に、日の光を吸収して輝く。くり抜いて己のモノにしたいと強く思わせる。食は背筋がぞくぞくとしたのを感じた。叫んだ辛の元にまたふわりと浮いて、降り立つ食。
「でも、尻尾揺れてますよ。」
「うるせえ! これは、条・件・反・射だ!」
辛が食に掴みかかろうとした時、その一瞬。なんの前触れもなく、静かだった一帯に突然。大きく空気を動かす突風が吹いた。
「うわっ」
二人の近くの木々は倒れそうにしなり、その妖力を含んだ風にあてられた辛は狐の姿に戻ってしまった。体重の軽い辛は風に体が浮かんだが、その尻尾を食が掴んでなんとか辛は隣の山まで飛ばされずにすんだ。
「君たち、うるさいんだけど。」
風が止み、二人が声の方を見上げると、高下駄の底が見えた。ゆっくりと地面に降り立つ青年は、食に劣らずの美しい顔をしていた。高下駄に、山伏のような衣服をまとい、右手には天狗扇が握られている。
「餡、突然なんてことするんですか。あなたのせいで辛が狐に戻っちゃいましたよ。」
「おい餡まじでやめろよな。つうか、食は頭なでるな!俺を首に巻くな!」
怒られた食は少し残念そうにしながら胸の前に狐の姿になった辛を抱きなおした。
「いいから、ちょっと黙ってくれる?」
餡はうんざりしたように言うとまた、天狗扇を構えて見せた。
静かになった二人に、餡は顎をしゃくって木々の向こう側を見るように促した。
「あれ、いつもの悪戯小僧じゃねえか。」
向こうに見えたのは見慣れた村の子供だった。その生意気な子供は、村の大人たちの言いつけも守らずに、何ども森の奥にある祠へ来ては他の子供たちに自分には勇気があるのだと自慢していた。しかし、今日見つけたのは祠よりもさらに森の奥。獣はもちろん妖が住む土地だ。
「まーたこんなとこ来て、なにやってんだあのガキ。」
「流石にここへ銃も持たずに来るのは危険ですね、」
カラン、と下駄を鳴らし餡はため息をついた。
「こらしめてやらなくちゃね。」
辛はしゅると、食の腕からすり抜けると空中で一回転し、妖狐の姿にもどった。
「どうするんだ?」
「君、狐でしょ。化かしてきてよ。こんなところに二度と入りたいと思わないような感じでさ。」
その言葉をきくと辛は、ニシシと悪い笑みを浮かべた。
「任せろ!そういうことなら、ばっちりやってやる。にしてもお前、あいつのこと妙に気にするよな。」
以前から何度か、あの人間の子供を化かすよう餡から頼まれている。もちろん、他の人間が森の奥へ入ってきても俺や餡、鬼の食がこらしめてきた。
「んじゃ、行ってくるぜ!」