パロ

□妖怪大戦争A
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生まれた頃より元来、美しいものが好きだった。生まれた頃、なんて何百年も昔のことは何一つ覚えてなどいませんが。

数百年前、この山に来た。むさくるしい他の鬼たちがどこかの島へ行ってしまったと噂に聞いて、静かになったこの山へ。その麓にある小さな村。そこで人間が作る絹に魅せられた。寒風に並んで干される着物の、閃光のような色彩がどうしようもなく美しかった。絹を折る作業場を覗くと小さな虫が口から吐いて作る繭から糸、その一本一本を女たちがほぐしていた。そうして紡いだ糸からできる着物は、なんとも言えない光沢を持つ。それまで人間の女を捧げさせていたものを、すぐに絹を献上させた。日に焼けた浅黒い肌の女たちのその硬くなった指先から、あの滑らかで、冴える色彩の着物が作られるのは何故か。不思議でたまらない。花や鳥、橋立、あの絵付けをしているのは老いぼれた翁。あの男はどこかで見たのだろうか。でなければ、あのような絵が描けるとは思えない。

数百年は人間の作る着物と、静かな森でゆっくりと暮らした。

それから何年たったのか、ある日の夕暮れ森の中を歩いていると村の男たちが銃を持って歩いているのを見かけた。結界のように引かれたロープをくぐるのは決められた日だけだと聞いていたが、珍しいこともあるものだ。男たちはキョロキョロと当たりを見回しては銃を構えた。

「あの化けギツネ、村にまで降りてきやがって気味が悪い。」
「でも、あいつを撃って町に売りにいきゃあ、この村の絹も今よりもっと売れるようになるだろう。」
「そりゃあそうだ、あの狐の毛皮ならいくらだって値段はつく。そうすりゃあ、新しい機織(はたおり)だって買えるようになる。」

その異端の狐の話は他の妖怪から聞いたことがある。太陽の光をそのまま衣に宿したような美しい毛並みの狐。突然変異的に妖力を持ってしまい狐にも妖怪にもなれない半端ものだと。
最近、空気も冷たくなってきて山の木々も枯れ始めた。冬が近い。私の首巻にするのに丁度いい。私は地面を蹴って飛び上がった。木の上からの方が狐を見つけるのはたやすいでしょう。

しかし、夜になっても件の妖狐は見つからなかった。狐が行きそうな場所は大概探した。他の妖に聞いて見ても、移動してしまってどこもかしかももぬけの殻だ。妖狐を探して歩いていると広い丘に出た。木々もなく枯れた草とすすきが生い茂るだけの場所だ。今日は満月らしく、昼間のように明るかった。月がいつもより近くにあるように感じる。流れた星の先を瞳で追った時だった。ふいに、草の隙間のある一点が輝いているのが見えた。星が落ちてきたのかと思った。しかし、その真っ白に輝くのは風とともに小さく凪いで。私が近寄る度に踏み付ける枯れ草の音に振り返った。あ、瞳が青い。
 
「くそっ、見つかちまった」

忌々しい気に瞳が細められた。月から降りてきたように、その狐は輝いている。隠れられるはずがないのだ、こんな満月の夜に。

「あんたが俺を探し回ってるって鬼か? 噂に聴いてるぜ、美しいもの好きの変態野郎だってな。」

天女のような美しい姿とは、まったく不似合いの汚い言葉が吐き出される。どんな馬鹿でも妖怪だ。力の差は歴然。殺される以外に道はないのに。

 「ええ、あなたを首巻にしたくってね、」
途端に狐は牙を剥いた。
 「やれるもんなら。」
細められ、殺意のこもった瞳の青が揺れた。火が燃えているように、ゆらゆらと。
「ああ、美しい!」
私はたまらず抱きついていた。噛まれたところで痛くないのだ。力の差といったって、本当に赤子の手を捻るより簡単だ。
「ちょ、うわ、食うなよ!? 食っても上手くねえからな!」
狐はパニックをおこして、私の腕の中でもがきながらそこら中をひっかいた。
「食べちゃいたいほど可愛い!!」
頬にすれる狐の毛並みはどんな化粧筆よりも柔らかでずっとこうしていたい。

「離せ! はーなーせー!!」

腕を突っぱねられ距離を取られた。その脇に両手を入れて抱き上げる。体中震えて、尻尾まで丸まっている。そのくせ涙目で睨みつけてくる。まだその瞳の火は燃えている。

「あなたは瞳まで美しいんですね、ああ、そうだお名前は?」
「か、辛だ。あんたなんなんだよ!」
辛。口の中で一度つぶやいてみる。
「辛を首巻にするのは辞めました。君を殺してしまったらその瞳も死んでしまう。それに殺すなんてもったいない! ねえ、私の庵に来てください。」
「はあああ!?」

狐は瞳の炎を消して、さっきよりもひどく暴れ、私の手首を噛んだ。私の腕から飛び退いてくるっと一回転すると妖狐の姿になった。

「あんた何がしたいんだよ!」
はたと気づく、私は何がしたいんだっけ。
「あなたを首巻にしたいんです。」
「今しないって言ったじゃねえか!」
「そうだ、美しい君を手に入れたい。」
「食うってことか!」
「ずっと見ていたいんです、撫でて、頬ずりしたい!」
「やっぱり変態じゃねえか!」

妖狐に戻った狐は、足元にあった大きな石をえいやっと私に投げつけて走って逃げていった。

まあるい月に照らされて、私は手首を見た。鮮血の赤が光っている。辛、ともう一度口の中で呟いて。自分がここまで何かに本気で心を奪われることなんてなかった。初めて絹を見たときのような興奮が収まらない。あれを手に入れたい。ずっとずっと近くで見ていたい。怒らせて、撫でて、抱き上げて、あの感触といったらない。木々は枯れたと言うのに、まるで春のように暖かかった。

それからしばらく、狐との文字通りの鬼ごっこがはじまった。


●おわり●

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