□隠しごと
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あっ

野分。


駅から出たところで見つけた。
あいつはでかいから、頭一つ分見つけやすい。

驚かしてやろうかとゆっくり近づいた。

・・・あれ?

そいつは、いつものハイネックのセーターを着ていなかった。
俺があいつを間違えるなんてあるはずがない。さすがにそこは自信がある。髪型も、後ろ姿も野分。

・・・なのに。

そいつは白いシャツを着ていた。その上に少しかっちりとしたジャケット。

あいつこんな服持ってたか?

一緒に住み始めて、生活を共にして、食事も洗濯も一緒だったはず。
好き嫌いもわかってきた。

だけど、

クローゼットの中身までは知らない。

何でも知っていたいわけじゃない。そんなストーカーじみたこと絶対ごめんだ。

だけど、

ぐんぐん進んでいく後ろ姿。
進行方向も同じだ。
でかいだけに歩幅が広い。

野分はあんなに早く歩かない。

俺の前では。

どこまでいってもそいつは俺たちのアパートへ向かう。

ストーカーで通報されてもおかしくはない。

野分かもしれない。
なんてこと考えているおかげで目標物をじっくり観察してしまっている。


そいつはどこかふらふらしている。酔っ払いって訳ではなさそうだ。

あっ、つまづいた。

・・・野分だ。

走って、名前を呼んだ。
少し驚いて振り返る。
心底嬉しそうないつもの笑い方。

「お前そんな服持ってたか?」

恥ずかしそうに、手を頭の後ろにやって

「やっぱり似合わないですよね」

聞くところによると、学会に行っていたそうだ。しかも代打で。そりゃ先生になったばかりのあいつが学会なんてでられるはずもない。予想外の出来事でそんな用意もしていない。ちゃんとした服を持っていないと言う野分に他の医者が貸してくれた。というのが真相だ。


「なんか野分じゃないみたいだったから。」

「だから、声をかけてくれなかったんですね。」

腹が立つ。
こっちが悩んでたら、こいつは。わかってるならさっさと声かけやがれってんだよ。


俺だけが知らない。

それが嫌で嫌で仕方なかった。

でも最近わかってきた。

それを特別と呼ぶことを。


●おわり●

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