□てのひら
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今日はめずらしく二人で晩御飯を食べている。

おかずは俺が作った唐揚げ。
さっき油がはねて、腕を火傷したことは野分には秘密だ。



「そうだ、野分、俺と初めて会ったときのこと覚えてるか。」

「はい。もちろんです。」

突然のことに、目をパチパチさせている。

「まだ、あの人達と連絡とってるのか。」

あの人達とは、野分と一緒に水ロケットを飛ばしていたおじさん方。しかも実は社長の集まりという謎の集団。

この前たまたま、あの中の一人に会った。街中で「ひったん」はないだろう。

「あぁ、はい。病院に時々来てくれるんですよ。また集まりたいって話してるんですが、その時はヒロさんも一緒に行きましょうね。」

嬉しそうに笑った。


これが、野分の偉いところだと思う。

こいつは絶対に手を離さない。

どんなささいな出会いも、きっと大事に大事にするんだろう。

しかしそれは、言葉で言うより難しい。たくさんの人を大切にするということは、その分たくさん心配しなければならないということだから。


ほとんどの人は、大切だと知っているが忘れたふりをする。大切さを毎日の中に溶かしてしまうのだ。

そうして、手を離していくのに。


野分の手はあったかいから、きっとたくさんの人が野分を大切に思うだろう。

俺は野分の持つたくさんの名前に埋もれてしまわないだろうか。

俺は、こいつを独り占めにしてしまいたいと思う。そんな奴は一番最初に手を離されるべきはずなのに。


こんな下らないことを考える俺の名前を、野分は嬉しそうに呼ぶ。


「ヒロさん、この唐揚げおいしいです!」

ちらっと見ると半分以上唐揚げが無くなっていた。

「そんなに褒めても、何にも出ねぇぞ。」


お前は何か出そうだから、
さっき考えてたことなんて、
絶対に言ってやらないけど。




●おわり●

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