□エアコン
1ページ/1ページ




家に帰るとめずらしくクーラーがついていなかった。

俺は病院から歩いて帰ってくるだけで汗をかいている。リビングのソファーに座っている愛しい恋人の頬にも汗が流れていた。

「ヒロさん、エアコンつけないんですか。」

ヒロさんは目の前にある扇風機を俺に向けてくれた。

「絶対につけねぇ。」

この意地のはりよう。一体なんだというのだろう。

詳しく聞いてみると、原因はヒロさんの大学の学生さんらしかった。彼は、環境のためにエアコンを使わない生活をしている。その彼に馬鹿にされたのだ。多分本人は馬鹿にしたのではなく、ふざけただけなのだろうが。そして売り言葉に買い言葉、
「じゃあ、俺もエアコンなしで生活してやるよ。」と見得をきってしまったのだ。

ヒロさんらしいな。
でも俺が思うに、その学生はエアコンをつけないんじゃなくて、つけられないんじゃないだろうか。大学生なんてみんな貧乏だ。

「ヒロさん、今日熱帯夜らしいですよ。」

少し言葉につまる。

「〜何が何でも、絶対につけねぇからな!」

翌朝、俺の向かいで朝食を食べるヒロさんの顔には、しっかりくまが出来ていた。

次の日も、次の日も。
くまがどんどん酷くなっていく。あ〜ぁ、可愛い顔が台無し。

夜になって、
今日こそはヒロさんに安眠してもらえるようどうやって、説得するか考えていた。

このままじゃヒロさんが倒れてしまう。


でもまぁ、残暑は残暑。
もうすぐこの暑さすら、名残惜しいと思う寒さがくる。
このままエアコンを付けずに生活したら、もしかして寒さを理由にヒロさんともっとくっつけるのかな。

えぇと、こういう事なんて言うんでしたっけ?

解らなかったので、ヒロさんに尋ねてみた。説明するのがむずかしくって、今考えていた全てを話す。

「で、これってなんて言うんでしたっけ。」

ヒロさんは、一発俺を蹴って、エアコンのスイッチを押した。

ああそうだ。
棚から牡丹餅。

ものすごく
未遂で終わりましたが。


●おわり●


棚から牡丹餅
→思いがけない幸運がめぐってくることのたとえ。

*広辞苑 第五版 岩波書店

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ