庫
□エアコン
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家に帰るとめずらしくクーラーがついていなかった。
俺は病院から歩いて帰ってくるだけで汗をかいている。リビングのソファーに座っている愛しい恋人の頬にも汗が流れていた。
「ヒロさん、エアコンつけないんですか。」
ヒロさんは目の前にある扇風機を俺に向けてくれた。
「絶対につけねぇ。」
この意地のはりよう。一体なんだというのだろう。
詳しく聞いてみると、原因はヒロさんの大学の学生さんらしかった。彼は、環境のためにエアコンを使わない生活をしている。その彼に馬鹿にされたのだ。多分本人は馬鹿にしたのではなく、ふざけただけなのだろうが。そして売り言葉に買い言葉、
「じゃあ、俺もエアコンなしで生活してやるよ。」と見得をきってしまったのだ。
ヒロさんらしいな。
でも俺が思うに、その学生はエアコンをつけないんじゃなくて、つけられないんじゃないだろうか。大学生なんてみんな貧乏だ。
「ヒロさん、今日熱帯夜らしいですよ。」
少し言葉につまる。
「〜何が何でも、絶対につけねぇからな!」
翌朝、俺の向かいで朝食を食べるヒロさんの顔には、しっかりくまが出来ていた。
次の日も、次の日も。
くまがどんどん酷くなっていく。あ〜ぁ、可愛い顔が台無し。
夜になって、
今日こそはヒロさんに安眠してもらえるようどうやって、説得するか考えていた。
このままじゃヒロさんが倒れてしまう。
でもまぁ、残暑は残暑。
もうすぐこの暑さすら、名残惜しいと思う寒さがくる。
このままエアコンを付けずに生活したら、もしかして寒さを理由にヒロさんともっとくっつけるのかな。
えぇと、こういう事なんて言うんでしたっけ?
解らなかったので、ヒロさんに尋ねてみた。説明するのがむずかしくって、今考えていた全てを話す。
「で、これってなんて言うんでしたっけ。」
ヒロさんは、一発俺を蹴って、エアコンのスイッチを押した。
ああそうだ。
棚から牡丹餅。
ものすごく
未遂で終わりましたが。
●おわり●
棚から牡丹餅
→思いがけない幸運がめぐってくることのたとえ。
*広辞苑 第五版 岩波書店