庫
□冷たい優しさ
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久しぶりの休み。
俺たちは外食の帰り道だった。外食と言っても、いつものファミレスで飯を食っただけなのだが。
「あ。」
野分が呟いたと思ったら、突然、大粒の雨が降ってきた。俺たちは家を出る前ににニュースを見ていたから、傘を広げた。
せっかく二人で出かけているに、いやな天気だ。
さすがにこの雨では、どこにも行けず、家に帰ることにした。
俺たちが信号待ちをしていると、俺の腰にも満たない小さな女の子が走ってきた。少し遅れてその母親らしき女性も走ってきた。
俺は迷った。
傘を渡すかどうか。
傘を渡すことが嫌とかではなく、受け取ってくれるだろうかということだ。何でか昔から俺は子供から怖がられる。でも、今貸さなきゃ女の子が風邪をひいてしまうし。
そんな俺の葛藤も気にせず、野分はさっさと親子に傘を差し出していた。
「どうぞ。」
あのいつもの笑顔で。
傘を差し出された母親は、驚いた風だった。
「そんな、いいですよ。あなたが塗れてしまうじゃないですか。」
野分が、俺の傘に勝手に入ってきた。
「俺にはこれがあるんで大丈夫です。」
そう言われると少女の母親は、申し訳なさそうに野分から傘を受け取った。
信号が青になって、女の子が「ありがとう」と叫んで手を振った。
男物の大きな傘の中。
図体のでかい男が二人。
左肩が傘から出てしまって、少し冷たい。
すいません。
申し訳なさそうな瞳。
白と黒のしましまを渡りながら、ぼんやり考えたのは
「今、ここにいてよかったな。」
ってこと。
野分はきっと、今までに何度もあげてきたのだろう。
そのたび、濡れてしまっていたんじゃないだろうか。
もしもそうなら。
俺は悲しい。
「ヒロさん、肩濡れてるじゃないですか!」
こんな、小さな傘の半分でさえ。こいつは俺にあげようとする。
優しくて、優しくて。
バカみたいだ。
世界で一番の褒め言葉で、喉まで出かかった思いをかき消す。
「お前は偉いな。」
そんなものにさえ、
嬉しそうに笑うのだから。
●おわり●