擬アン
□つらい時
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朝から辛と連絡が取れず、心配になって家へ行ってみれば、辛は寝室で唸っていた。
「どうしたんですか?!」
駆け寄ってみると、辛の頬は赤く上気し、息も荒い。
「なんか体が怠くて、熱っぽい。」
めんどくさそうに呟かれた言葉もすぐに荒い息がかき消してしまう。額に手を当ててみると、尋常じゃないくらいの熱があった。
「熱は何度あるんですか?」
ちらりと薄く開かれた目は、潤んでいてとても可愛いが、今それを言うのは不謹慎すぎてぐっとこらえた。
「滅多に熱なんか出ないから、体温計なかった。」
「計ってないんですか? 馬鹿たれですね 。」
そう私が揶揄っても辛は言い返す元気すらないらしい。
「その様子じゃ、やぎ先生にも見てもらってないんですか?」
「ああ。」
深くため息を吐いて、とりあえずやぎ先生に電話する。あの様子ではまだ何も食べていないだろうから、お粥でも作ろう。冷蔵庫を覗いたが中はほぼ空っぽ。ああ、本当に馬鹿たれだ。
数分もしないうちに、やぎ先生が来てくれた。その間に私は、買い物へ出た。食材と、体温計、冷えピタに、氷のう。風邪対策がまったくなされていない辛のために。
急いで家に帰ると、ちょうどやぎ先生が出てきたところだった。薬の説明をうけて、すぐに中へはいる。
冷えピタを貼って、氷のうをしいてやると素直に「ありがと」と言われて驚いてしまった。よっぽどつらいのだろう。
辛はまた眠ってしまったらしく、私は夜ご飯の支度をする。カレーの香辛料ばかりずらりと並べられたキッチンは、ダンボールに必ずニンジンとジャガイモと玉ねぎがいつでも置いてある。本当にカレーしか食べていないんだろうか。
お粥を作って持って行くと、辛は目を覚ました。
「なんか、わりいな。」
「いえいえ、お粥食べれそうですか?」
のそりと起き上がった辛の顔はまだ赤く、眼も潤んだままだ。
「おい、なんだよそれ。」
辛の口元に、さましたお粥を運んでやった手をどけられる。
「ほら、辛、あーん。」
「誰がやるか、」
やはりいくらなんでも、これは無理か。いつかやってみたいことだったのだが。れんげを無理矢理奪い取られて、すこし悲しいが、小さな声で「うまい」と言ってくれたのでよしとしましょう。
「辛、ちゃんと薬飲まなきゃだめですよ。」
「嫌だよ、それ粉薬だろ。」
ごろんと背中を向けてしまった。そうか、そういうことですか。
私は、ベッドの上に腰掛けて、辛の顔をのぞき込む。
「口移しなら大丈夫じゃないですか?」
真っ赤な顔が更に紅くなった。目は潤んでいるくせに私を必死に睨みつけてくる。
「いっ、今そんなんしたら吐くからな!絶対吐く!」
「じゃあちゃんと薬、飲んでください。」
色気なんてやっぱりあったものじゃなかった。けっこう本気だったのだが、病人をいじめるのはやめておこう。
お粥も食べて、横になった辛。
「食、もういいよ。」
そんなことを言う。
「辛が寝るまで、ここにいますよ。」
そう言うと、布団で顔を隠してしまった。そこからくぐもった声が聞こえる。
「熱、久しぶりにでたから。本当に、死ぬかと思ったんだ。」
「はい。」
「だから、来てくれてありがと。」
辛のかわいすぎる精一杯の素直。愛しくて、愛しくてたまらない。布団の上から抱きしめて、どうしたらこれを伝えられるか考える。
「早く元気になってくださいね。でも、時々は休んでください。」
布団の中でもぞもぞ動いて、「どけ」と言われる。その声がかすかに震えていた。
あなたが泣きやむまで側にいます。あなたが眠るまで側にいます。あなたが起きても、きっとここにいます。
元気すぎるあなたが、ちゃんと風邪を引けるように。
●おわり●