擬アン
□きみのうた
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あ、また歌ってる。
数日前からきこえる辛の唄。それがずっと気になっている。
「さよなら もう 会わないきがするよ」
パンの配達途中に空からふってきた唄。見かけたあの時、木漏れ日の中で歌ってた唄。
いつもいつも同じ音の、同じフレーズ。
私はお風呂上がりに普段は見ない音楽番組なんかをつけている。それから辛が好きそうなバラエティー番組のエンディング。ただその中に、辛が好きなものを探して。
月曜日、火曜日、何度繰り返してもあの唄は見つからない。
あの悲しい歌の続きはどうなるのか。
いつも通り、無理やり訪ねた辛の家。「なにしにきたんだよ!」「帰れ!」そうやって嬉しそうに私を招いたくれた。
無意識に口ずさんでしまうのだろう。キッチンからまたあの歌がきこえる。
辛は、何も私が言っていないのに、私のぶんもチャーハンを作ってくれた。
あの悲しい唄とは関係なさそうに、辛はいつもどおりだ。
「ねえ辛、さっき辛が歌ってた歌、最近よく歌ってますよね。あの唄は何なんですか?」
向かいでチャーハンにがっついていた辛が、しまったという顔で私を見た。
「きっ、きこえてたのかよ・・・。」
「はい、よく歌ってますよね。」
うわーとか、あーとか、うなって辛は恥ずかしそうにしている。まあ、今まさに穴があったら入りたい心境なんだろう。
私はあの悲しい唄を歌う理由がしりたかった。なにか本当に悲しい別れがあったのか、とか。でもそんなことは多分私の邪推だから。
「あの唄、いいなーと思って。」
なんてごまかしてみる。
辛は、大きくため息を吐いて恥ずかしさをふっきったようだ。
「まあな、別れる唄だし。でもなんか、歌詞が好きでさ。」
そのくせいつも口ずさむ時は堂々巡りだ。
「あっ、なら貸してやるよ。」
そう言って、ぱたぱたと小走りに辛は席を立ち、薄いCDを持って帰ってきた。
「はい。」
壊すなよ、なんていたずらっぽく笑った。
叫ぶようにやかましい唄。
その九番目に入っていた、あの辛の唄。それは私が想像してた唄とは少し違っていた。
どれだけ辛を好きでも、同じものを好きになろうとは思わない。
でも私は、辛の歌う唄が好きだ。
●おわり●