擬アン
□それはまるで爬虫類
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「なぁー」
「なぁ、食ー。」
「おい、食ってば。」
背中が痛い。二、三発殴られてる。でも、まだ返事はしない。
「なぁ、食。聞こえてんだろ。」
電気もついていない暗い部屋のベッドで、背中に愛しい声がぶつかってくる。眠たそうに、たゆたうか細い声。
私は生返事を繰り返す。
小さい、今にも寝てしまいそうな声で名前を呼ばれる。それは、すがりつくように。
「しょく。」
背中に、くしゃくしゃと辛の髪がおしつけられてむず痒い。
ずっと、このまま。
君に名前を呼ばれていたい。
近づいて、近づいて。君が遠ざかるその前に。
「なんです、辛?」
もぞもぞ動いて、振り返る。ちょうど私の胸のところに辛の頭がある。暗闇の中、見えないくせに私を見上げる。そしてすぐに顔を私に押し付けて目をつむってしまった。
小さく丸まった背中に手を回して、これでもかってくらい優しく撫でてやる。
私の体が邪魔をして、もごもご聞こえる声。
「お前が返事しないから、何言いたいのか忘れた。」
私は知ってる。
辛が嘘をついていることを。
最初から辛は、私に言いたいことなんてないのだ。
辛が呟くどんな小さな声も聞き逃さないように、私はここでじっと耳をすませてる。辛が声にするその前の言葉でさえ聞こえるよう。
君の言葉は気持ちいいから。
私は生返事を繰り返す。
●おしまい●
辛がいると爬虫類というより熊の冬眠。